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ショート・ショート

理想の職場

   

求人雑誌や求人サイトが多様化する中にあって急速にシェアを伸ばしている「理想の職場ドットコム」に、印刷会社をやっている新岡 初が現れた。

新岡の悩みは「仕事」だった。いや、仕事は順調に入ってきているのだが、その傾向が強過ぎ、限界を超えるほどの人手不足に陥っているのだ。

本来そうした場合は新たに人を雇って対処するわけだが、新岡の悪評がネットで強烈に拡散され過ぎ、昔からの社員には影響はないものの、まったく新たに人が寄り付かないのである。

深刻な悩みを聞いたスタッフの大柳は、社名通り「理想の職場」にしてみせると宣言したのだったが……

 

「すいませんね、急に押しかけるような形になって。何分、時間がないものですから……」
 五十代半ばに見える男は、そう言って頭を軽く下げてから、強い視線を大柳に向けて放ってきた。
 男は端正にも見える顔立ちではあるものの、その目は血走り、まったく余裕が感じられない。
「いえいえ、構いませんよ。僕らには割と時間がありましたので」
 大柳の言葉は、訪問者、新岡 初の神経のザラついたところに触れてしまったらしかったが、それでも悪気がまったく見えない態度なので、話の腰を折るわけにもいくまい、と新岡は考え直したようで、改めて話し始めた。
「私は、印刷とポスティングの会社をやっている。安売りのチラシや店のパンフなんかを刷るのが主な仕事です。新聞に折り込めなかったようなものはこっちでポスティングもしたりします。まあ、創意工夫って感じではありませんがね、ありがたいことに今までどうにか、十五名の社員でやってきました。ただ、つい先月市内の同業者が二つ三つほど、傷が広がらないうちに廃業(やめ)るなんてことを言い出しましてね、競い合ってきた仲だったが、後を頼むと任されてしまったんですよ」
「大変結構な話のように聞こえますが、わざわざ人員募集専門のウチに足を運ばれるほどのことが起こったのでしょうか。仕事が減ったわけではないのですね?」
 大柳の念押しに新岡はふうっとため息をつきながら頷き、さらに続けた。
「人手が足りないのです。十五人でやってきたところに、二十人も三十人も雇っていた会社がこなすはずだった仕事がスライドしてきた時点で、もう限界を超えてしまいます。しかもチラシって言うのはタイミング勝負ですからね、店のオープン日や特売日は待ってくれない以上、俺らが先方の都合に合わせるしかありません。今日ももう四十時間は寝ていない感じですかね」
「人を雇えば良いのでは、と思ってしまうのですが……。他の会社のことを褒めるようでアレなんですが、世の中にはこれだけ優れた求人雑誌やサイトがたくさんあるわけですから、注目を集められないということはないと思うんですよ。人が急に欲しいとなれば、その分時給や日給に色をつければ……」
 大柳のテンプレート的な答えは、新岡を安心させるには至らず、むしろより憂いの色を深めさせてしまったようだった。
 新岡は思い出してしまった忌々しいものを脳細胞から追い出すように激しく首を振り、呻くように低い声を発した。

 

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