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歴史・時代

東京探偵小町 第六話「花火見物」 <3>

   

四人が四人とも、おろしたての浴衣で花火見物に行けるなど、誰が想像できただろう。和豪は先に外に出て前庭に回ると、テラスの下に並ぶ空の植木鉢に目をやった。

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

「ふーん……ま、なんだな」
 事務室の壁に掛けられた鏡の前に立って、和豪はさっきから、自分の浴衣姿をためつすがめつしていた。
「結構、いいんじゃねェの?」
 時枝が和豪に、日頃の礼として贈ったのは、スッキリした「麻の葉崩し」の浴衣だった。時枝なりに和豪の趣味を慮ったのだろう、麻の葉文様は和豪が幼い頃から親しみ、好んでいた柄だった。
「和豪くん、さっきからなにをニヤニヤしているんですか?」
「べ、べつにニヤニヤなんかしてねェよ! おめェこそなんだよ、その締まりのねェツラは。鏡見ろィ、鏡」
「そりゃあ、嬉しいときは、誰だってこんな顔になると思いますよ」
 上機嫌で答える倫太郎がまとうのは、青竹色の三枡格子。時枝が見立て、心を込めて縫い上げた浴衣は、この二青年に実に良く似合っていた。
「まさかお嬢さんが、僕たちに浴衣を仕立ててくれるとは思いませんでしたよ。和裁なんて、初めてだったでしょうに」
「お転婆のくせして、かわいいことしてくれンじゃねェか」
 慣れぬ和裁の、記念すべき作品第一号・第二号ということもあり、縫い目はかなり大胆だったが、それがかえっていじらしい。二人は目を見合わせ、同時に照れ笑いを浮かべた。
「それにしても大将のやつ、まーだ支度してンのかよ。いいかげん出かけねェと、花火、始まっちまうぞ」
「ええ、そろそろ松浦さんもいらっしゃるでしょうしね」
 倫太郎が、二階に向かって声を張り上げる。時枝の部屋から元気な返事が聞こえ、やがて夏用のワンピースを身にまとった時枝が、階段を駆け下りてきた。
「倫ちゃん、わごちゃん、おまたせ!」
「って、大将、その格好…………」
 時枝の洋服姿に、倫太郎と和豪が絶句する。つまり、倫太郎たちの浴衣を仕立てるのに精一杯で、肝心の自分の分には手が回らなかったということなのだろう。倫太郎は、期末試験が終わったにも関わらず、時枝の部屋に毎晩遅くまであかりが灯っていたことを思い出した。
「自分の分も縫うつもりだったんだけどね、ちょっと時間が足りなくて……でも、倫ちゃんとわごちゃんには、どうしても作ってあげたかったの。いろいろとお世話になっているお礼に、何かお返しをしたかったのよ。それにほら、わごちゃん、もうすぐお誕生日なんでしょう? だから、ね、あたしのことは気にしないで」
 二人の表情に気づいた時枝が、決まり悪そうに襟のリボンを直す。紺地に白襟の麻混ワンピースは、お気に入りの一着ではあったが、みどりも浴衣で来るだろうことを考えると、やはり「ちょっと違うな」と思わずにはいられない。けれど、そんな気持ちを押し隠して、時枝は明るく笑ってみせた。
「お嬢さん……僕も和豪くんも、なんとお礼を言ったらいいのか」
「だって毎朝起こしてもらってるし、ごはんも作ってもらってるし、勉強だって見てもらってるし……あたしなんか、ただ毎日、学校に行ってるだけなんだもの。倫ちゃんとわごちゃんに、なんにもしてあげられないんだもの」

 

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