幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

モモヨ文具店 開店中<29> 〜切り子ペンケースとコバヤシ ユージについて〜

   

みなさん、お久しぶりです。福永 百代です。今回からできる限り更新していきますね。
再会の手始めに、四人組の謎だったユージこと小林 悠次と文具の新作発表展示会で会ったことをお伝えするわ。それからもちろん、文具についてもね!
『切り子ペンケースとコバヤシ ユージについて』どうぞいらっしゃい!

 

「あ、新製品だ。……へえ、口が大きく開くんだ」
 スーツを着たモモヨさんが、同じくスーツを着た直くんを振り返って、展示のペンケースを指す。シュークリームのように奥までばっくり開いた大柄なペンケースだった。カラーバリエーションは五色。選びやすく、持ち手を選ばない。逆に言えば、凡庸ということでもあった。値段は少し高めの千六百円。
「いいですね。一回取り扱ってみるのもいいかもしれません」
 ブースの担当者に名刺を渡された直くんが、自作の名刺を返しつつ応じる。
 独立したらこういうところにも顔出しするのよとモモヨさんが店を休業にしてまで直くんを引き連れてやってきたのは、都内で行われている大手メーカーから個人経営の文具作家まで幅広く集う新作発表展示会でのことだった。名刺をもらっておけば取引がスムーズだからという理由で、直くんの名刺入れは到着して間もないのにぱんぱんに膨れていた。企業担当者からひととおり話を聞き、パンフレットをもらうと、会釈して次のブースへ。渡り鳥のようなことを何度か繰り返しているうちに、直くんが「ずいぶんペンケースが多いですね」と呟いた。モモヨさんが携えているブリーフケース内のパンフレットもみな一様にペンケースを推していた。目新しいものもあるが、しかしそこはペンケース。筆箱である。直くんには、どの企業もペンケースを推す理由がわかってなかった。
「今年は超少子高齢化元年だからでしょうねえ。テレビでは、戦隊物もアイドルアニメも強い。子どもには必需品だから、孫に買ってやるのにもいいし、さっきみたお高めなのはおじいちゃんおばあちゃんが持っていてもいい。大きく口が開くと探しやすいし。でもねえ、いってしまえばそこ狙いなのが面白くないのよ。中高生が持つようなちょっと変わった奇抜なのってないし、無難な物が増えてきたわねえ」
「あと、猫が多いですね。猫。うちでも入れてますけど、捌けないですねえ」
 田舎だからねえというのが前をいくモモヨさんの答えだった。昨今のテレビでの猫流行りは月世野には通用しなかった。店の一角に作られたスペースは、女子高生と通勤帰りの女性が立ち寄る〝だけ〟の場所になっていて、完全に死に筋と呼ばれる売れない商品になっていた。帰り次第、撤収する予定である。
「僕、すすき野さんみたいな企業を期待していたんですけど、結構違うんですね」
 高い天井と見果てぬブース最後尾に目を回しそうになりながら直くんがいう。昨今の猫流行りで猫をモチーフにする企業も多い。だが、数が多くなればなるほど多様性は消えていき、個性は埋没する。大手企業は総じて無難というのが二人の見解だった。
「さっきの企業のシュークリーム型一回入れてみます? 無難といえば無難でしょうけど、ご隠居さんあたりが買っていきそうです」
「ご隠居さんは教師時代からセルロイドの筆箱一筋よ。だけど、一回入れて動きを見てみるのもいいかもしれないわねえ」
 口では言うが乗り気ではないのは直くんにもわかっていた。触手が動く商品がないのだ。乙女心をくすぐったり、格好いい! と思ったり、心の一部をちくりと刺激する商品がない。
 すれ違う都内の知り合いに会釈をしたモモヨさんが、アップにした髪のつけねをこすって、肩の力を抜いた。飽きたのだ。直くんも知らずため息をついた。

 

-ハートフル
-, , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品