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歴史・時代

東京探偵小町 第六話「花火見物」 <4>

   

「聞いてよ、縞。『少女文芸』の原稿取り、すっごく失礼なんだ。このあいだ描いた絵葉書のこと、『そういえば、探偵小町によく似ていましたね』なんて言ったんだよ」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 さっきから描いては消し、消しては描きの繰り返しを続けていた蒼馬は、急に鉛筆を止めるや、画用紙を三枚立て続けにビリビリと破った。
 毎月の連載で依頼されている少女雑誌の絵ハガキの図案が、どうしても思い浮かばない。こんな暑い日に、十月らしい絵を描くこと自体が土台無理なのだとつぶやいて、蒼馬はほかの下絵も次々に破いた。
「だめだ、全然気に入らないや。なんだい、こんなの! これも、これも、これも!」
 あわれ囚われの身にも慣れたのか、以前ほどは暴れなくなった縞が、部屋の隅で何事かと立ち上がる。それに気づいた蒼馬が、今や唯一の友である愛猫に、口をとがらせて訴えた。
「あーあ、こんなつまんない仕事、もうやめちゃおうかな。だってさ、聞いてよ、縞。『少女文芸』の原稿取り、すっごく失礼なんだ。このあいだ描いた絵葉書のこと、『そういえば、探偵小町によく似ていましたね』なんて言ったんだよ」
 上海から帰国し、亡き父親の遺志を継いで立った少女探偵・永原時枝の存在は、先頃から満都を賑わせている話題のひとつだった。誰がつけたのか、「探偵小町」という二つ名まである。蒼馬は雑誌社の原稿取りが置いていった新聞の切抜き写真を睨み、次いで自分の絵を眺めて、さらに怒りを深くした。
「フン、なんだい、あんな不細工! ヘボ探偵! あんなのが朱門さんの娘だなんて、信じられないよ。しかも、あんなのとボクの絵が似ているだなんて……よりによってボクの『姉さま』に似ているだなんて、侮辱もいいところだと思わない? 失敬だよ!」
 そう文句を言いながらも、蒼馬も心のなかでは、自分が生み出した理想の少女と永原時枝の顔が、驚くほど良く似ていることに気づいていた。
 一人っ子であるがゆえに、夢を込めて描き続けてきた『きれいでかわいくて、兄さまみたいに元気な姉さま』。彼女が本当に画用紙から飛び出してきたら、あるいはこんな感じなのかもしれない――そんなふうに思ってしまうからこそ、余計に腹立たしいのだった。
「せっかく大奮発して、ボクの『姉さま』とおまえを描いてやったのにさ……ちっともわかっちゃいないんだから」
 時枝のことをなんとか頭から追い出そうと、蒼馬は縞に目をやった。だが、これはいい図案が浮かびそうだと思った矢先に、廊下から電話の鳴る音が聞こえてくる。蒼馬は舌打ちをして、新しい画用紙に向かった。
「もう、また。うるさいなあ」
 数ある高等下宿のなかでも、電話まで備え付けられているのは、この北辰館くらいのものだろう。帝大の目と鼻の先、合わせて二十の居室を擁する木造二階建ての北辰館は、家賃がよそに比べて割高なせいか、住人の多くが職業人だった。帝大や一高、女子美大など、学校が林立する地域とあって、そのほとんどを学校関係者が占めている。
 そのなかにあって、「天才少年挿絵画家」として注目を集めている紫月蒼馬は、北辰館の最年少住人であると同時に、群を抜いての高給取りだった。玄関先で鳴り続けている電話も、去年の冬に蒼馬が引いたようなものである。
「坊っちゃん。坊っちゃん!」
 ただでさえ、蒸し暑さでイライラしているところに、この喧騒はたまらない。北辰館の一階、中庭に面した二間続きの特別室の、仕事部屋と定めた六畳間で、蒼馬はついに鉛筆を放り出した。そこに、通いの「ばあや」として蒼馬の世話をしている、「トミ」という名の中年の女中が駆け込んできた。

 

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