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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

怪盗プラチナ仮面 4

   

 警視庁の会議室に怒号と絶叫が響き渡った。何かの到来を告げる合図のように。

 これは悲劇なのか。悲劇とは、喜劇が観客を欺くために装う仮面にすぎないのではないのか?

 

 
 宿主が人間でも、完全に昆虫と入れ替わったと考えるならば人道的な問題はクリアされている。それが米軍の解釈である。科学技術大学で准教授を務める医者崩れの生物学者は、いともあっさりとそう答えた。
 
 みずからの質問が引き出した重大極まる回答に、吉井刑事はとりあえず満足した。自分が選ばれて捜査本部に入ったのは、やはり理由があったのだ──などと慢心が芽生え始めた吉井刑事の脳裏に、もう一つ別の疑問が閃いた。

 「人道面がクリアされていればよし」とするのは、所詮科学者としての見解であろう。自分も属している司法の立場からすれば「人道面」は尺度にならない。問題は、巨大な昆虫の法的な位置付けである。
 体長5、6メートルに達した害虫であるからには、法的な人格を喪失したとみなせるのか? つまり、あらゆる法に照らして完全に人間ではなくなったと判断できるなら、もはや逮捕、送検、起訴といった法定手続きの省略はもちろん、単に害虫として駆除するのにも何ら躊躇は要らないと考えられる。ただし、そうした判断をする上で目安となる人間と虫との境界線は、どこで線引きをしたらよいのか? 当然、グレーゾーンなどあってはなるまい。

 そんな若手刑事の疑念を読み取ったかのように、神崎准教授は説明を続けた。

「孵化直後の幼生は尾部の突起からワーム状の本体を宿主の体内に注入するのですが、宿主は中枢神経系を支配された段階で、不可逆的にこの虫──コードネームは『サイレンサー』といいます──に取って代わられます。つまり、宿主はサイレンサーが纏う衣装同然になるのです。ですから見た目は四本足だろうと二本足だろうと、定義としては六本足の昆虫が外被を纏っているだけと考えてよいでしょう」

 神崎准教授が言葉を切った瞬間を捉えて、増子刑事部長が苛立ちもあらわな声でまくし立てた。

「とすると、米軍はそういう、言ってしまえば人体実験を行うことにGOサインを出したってわけ?」

 神崎准教授がためらう様子もなく「はい」と答える。刑事部長は畳み掛けた。

「我が国政府の了解は?」
「そんなのはありませんよ」
「ほう? いやにはっきりおっしゃるが、あなたはその辺の事情をご存じなの?」

 神崎博士は臆する風もなかった。

「だってそうでしょう。予算は米軍が全部出してるんだし、実験を行うことは先方の最高レベルがOKしてると、私はそう聞いてます」
「『聞いてる』って……。いくら相手が国際的な犯罪者だからって、実験結果がどうなるかあなたが認識している以上、これは下手をすれば未必の故意による殺人ですよ」
「何ですって? 私を人殺し呼ばわりですか?」

 今度は生物学者の顔色が変わった。

「お断りしておきますが、これは基礎研究です。殺人事件を立件なさりたいなら、逮捕状を持って米大使館に行かれたらどうです?」

 刑事部長は返す言葉を失った。

 米国の最高レベルが、日本政府に何の打診も無く人体実験にGOサインを? 本件に関して我が国の主権はどこに? 枢要にある警察官僚として絶対に容認すべからざる話なのだが、目の前の生物学者は「我々には文科省予算はびた一文も下りてきていませんからね」と、悪びれる素振りも無い。

 その時、オブザーバーとして出席していた公安部外事三課の武藤良一課長が、増子刑事部長の顔色を見て口を挟んだ。

「この際、その点は百歩譲ってですね、どうでしょう? なにぶんアメリカさんの『最高レベル』ですから、事後承諾もやむを得なかったとしておくというのは……。後日、官邸を通じて厳重に抗議するって手もあります」
「『厳重に』ね! ハッ!」

 刑事部長の憤りは収まらない。
 

 

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