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歴史・時代

東京探偵小町 第七話「少年画伯」 <1>

   

「この事件の結末に関しては、わしらがしっかり承知しておれば
いいことだ。おまえも、そう心得ておいてくれよ」
「はい、警部」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 人々のざわめきが低くたゆたうなか、柏田は庁内で「二号室」と呼ばれている調べ室にこもり、溜まった書類仕事に精を出していた。
 北紺屋の刑事部屋で三年ほど鍛えられ、本庁に引き抜かれてから、じきに丸二年。今春から一階級昇進し、警察官としての経歴もそこそこ長くなってきたものの、本庁においては、まだまだ駆け出しの下っ端だった。
「なに……なるほど…………そうか」
 道源寺をはじめとする警部たちは、主任格として一人に一室ずつの調べ室が与えられ、そこに部下となる数人の刑事が割り当てられている。捜査課の主戦力となる強力犯係は一号室と二号室に別れ、互いに帝都の平和を守護するべく尽力していたが、二号室はどちらかと言えば一号室の補佐役で、成果の多くが一号室の手柄になってしまうところが、柏田には少しだけ不満だった。
 だが、二号室を率いる道源寺にとっては、手柄の行方に興味などないのだろう。柏田が報告書を書く横で、道源寺は、調べ室の奥にある自分の席に陣取り、先ほどから卓上電話機で何ごとか熱心に話し込んでいた。
「わかった……いや、それはいい。それは、わしから言っておこう。ああ、ではな、いろいろと面倒を掛けて済まんが、よろしく頼む」
 二号室には、いま、柏田と道源寺しかいない。
 道源寺が主任を務める二号室には、柏田を含め五人の刑事が在籍しているが、柏田を除く四人はみな三十代の中堅で、それぞれに捜査するべき事件を抱えているほか、要請があれば遊軍としても活動することになっている。
 よって道源寺麾下と言えども四人の動きはバラバラに近く、今日も忙しなく出入りを繰り返していた。そのため、道源寺直属の部下として常に付き従っているのは、本庁ではいまだに見習い扱いの柏田だけだった。
「柏田」
「はい、警部」
 柏田が机から顔を上げるや、道源寺は「出るぞ」と短く告げ、席を立った。その様子を見て、柏田も返事と共に万年筆を置き、椅子の背にかけてあった上着を手に取った。
「今日はどちらへ?」
「お時……じゃない、九段坂探偵事務所だ」
「えっ、何か事件でも?」
「いや…………」
 道源寺はしばし口ごもり、窓の外、植え込みの上に広がる夏空に目をやった。
「例の事件の……『新橋駅連続殺人事件』の犯人の処遇がな、ついさっき、決まったそうだ」
「あの犯人の、ですか」
「ああ。バチが当たったというべきか、やつめ、軍に引き取られていったぞ」
 含みのある言いかたに、柏田が息を飲む。道源寺は苦りきった表情でうなずくと、出掛けるのをためらうかのように、夏物の背広の隠しから馴染みの煙草と燐寸を取り出した。
「やつはこれで完全に、わしらの手から離れた。犯人には犯人としての刑を受けさせるべきだと、わしと逸見くんとで、だいぶ意見もしたんだがな……上からの要請がここまで強くなるとは思わなんだ。どうもすっきりせんが、仕方あるまい」
 煙草を取り出したものの、とても一服という気にはなれなかったのだろう。道源寺は燐寸を擦ろうとした手を止めて、煙草もろとも隠しに戻した。

 

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