幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

モモヨ文具店 開店中<32> ~クリアファイル大騒動~

   

文具屋なんだから、たまには文具の話もしなきゃね。
今回は直くんが遭遇したとんでもない事件の話。さすがにね、これは見抜けないわってたぐいのね。でもそのおかげで、いろいろといいこともあったみたいよ。
『クリアファイル大騒動』へどうぞいらっしゃい!

 

 
 モモヨさんがタカアキさんに呼ばれて出て行ったさいちゅうのこと。
 店番をしていた直くんが、夏休みラストスパートの学生連中を見送り、モモヨ文具通信の文面を考えながら、商品整理をしていると。
「いらっしゃいませ」
 ビジネスマンが入ってきた。みょうな天気の続く今年の月世野では、もう半袖の人は少ないというのに、肌をさするビジネスマンは、半袖だった。ここで直くんは、おや、と思った。だが、裏手に官庁があることもあって、疑問は彼の脳裏にすこしとどまり、ビジネスマンが壁のファイル棚に移動したことで流れてしまった。
「ああ、ないかぁ」
「なにかお探しですか?」
 ほっぺたに盛り上がった大きなほくろが印象的なビジネスマンは、これこれ、と透明の書類などを入れるクリアファイルを振って見せた。一枚八十円と値札が貼られたそれを持ちながら、直くんの視線から隠れるように半身になって棚のほうを向いた。
「これ、束で百枚入りあるでしょ。束で八百円だっけ。それを千個注文できる?」
 官庁が裏手にあるから大量購入は珍しくない。ただ、そういうときは電話一本で終わりだったし、担当者が店に来るときも名刺を持っていた。計八十万+税金の大金である。ふらっときて買っていくものだろうか。
「できますが、前金を頂戴しないといけないですが……」
 ああ、かまわないよとビジネスマンは言う。直くんは、なぜか、猛烈に嫌な予感がした。頭のどこかで危ないぞ! 気をつけろ! と脳内直くんががんがん警鐘を鳴らす。
「すみませんが大量購入の場合、用途をお伺いすることになっておりまして。それから持っていたら名刺も頂戴したいのですが……」
 ビジネスマンはわずかたりとも顔色を変えず、新規立ち上げしたばかりなので、会社と子会社で使うこと、大道清和株式会社総務部と電話番号まで書かれた名刺をよこした。
「これでいい? 千個なんて注文、あんまりないの?」
「いえいえ! あるにはあるんですが、官庁が多いので。では、千個ですね……」
 ビジネスマンがふいをつく形で言ってきたものだから注文票を書く直くんは慌てて返事を返した。内心、冷や汗だらだらである。注文票を書きながら大道清和株式会社をネットで調べてみると、たしかに存在するし、電話番号も間違っていない。
(気にしすぎか? いや、でもなあ……)
 この男にはどうにも違和感しかないのだ。うさんくさいわけではない。むしろ、どことなく実直の雰囲気がする。でも、それでも、直くんは首をひねっていた。だから保険として、「十万円の前金なんですがよろしいでしょうか?」とかまをかけた。ふつうは一割だから八万になる。けれど、そこを二万円ふんだくった。直くんの反撃の一手だった。
 だが。
「十万ね。はい」
 男はぽんと十万円を出し、注文票の控えを持って帰って行った。
 直くんの負けだった。その後、問屋に発注をかけ、ぶすっとした面持ちで十万をレジスターにつっこんだ。
 

 

-ハートフル
-, , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品

モモヨ文具店 開店中<3> 〜はさみブーケ〜

沖の瀬 (1)

家族の肖像(8)~完結編~

僕のヒーロー

出会いも別れも秋の空