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歴史・時代

東京探偵小町 第七話「少年画伯」 <3>

   

「この絵、そんなにあたしに似てる?」
「ええ! 時枝さまに、そっくりですわ!」
「そっくりねえ……あたしもこんなにかわいかったら、苦労はないんだけどな」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 首に細紐を結わえつけられた猫は、一度は大人しくなったものの、昨夜、久しぶりに外の空気を吸ったことで失った「自由」を思い出したのか、再び脱出を試みて騒ぐようになっていた。
「縞」
 最初は無視を決め込んでいた蒼馬も、こう激しく鳴かれたのでは、知らんぷりを続けるほうが苦になってしまう。蒼馬はペンにインクをつけながら、飼い猫を叱った。
「縞、騒がないでよ。ボクは今、大事な仕事中なんだ」
 他の下宿人たちからの苦情や、蒼馬と縞の両方を心配するトミの、何か言いたげな視線も気にさわる。いつまでもこんなことを続けていてはいけない、いいかげん離してやらなければならないと、蒼馬も頭ではわかっているのだ。わかってはいるのだが、彼を支配する子供じみた独占欲が、「どうしても縞を手放したくない」と主張してやまないのだった。
「もう、縞ったら!」
 蒼馬はため息まじりに清書用のペンを置くと、仕事机から離れ、縞に手を伸ばした。だが、縞のほうも、よほど腹に据えかねていたのだろう。自分に触れようとする蒼馬の手を、思い切り引っかいた。
「いたっ」
 手の甲に白線が走るや、うっすらと血がにじみ出す。
 それを信じられないような気持ちで見つめ、蒼馬はキュッとくちびるを噛み締めた。縞が繋がれている場所は、寝床がわりの敷布はおろか、その下に敷いたござまでぼろぼろで、トミが板の間に傷が付きはしないかと気を揉んでいた。
 蒼馬は手の傷を手巾で押さえると、わざと冷たく縞を見やった。
「…………いいかい、縞。これ以上うるさくするようだったら、押入れに閉じ込めちゃうよ。それが嫌だったら、そこで大人しくしていること。畳を引っかくのもナシだからね」
 縞は聞く耳など持たぬとばかり、尻尾を左右に振っている。
 それが機嫌の悪さを示すものだと気づき、蒼馬も意地を張りたいような気分になった。
「後で紐を長くして、部屋のなかくらいは自由にさせてあげるから、大人しくしていてよ。ねえ、どうしてわからないの? 野良猫なんかでいるより、ボクのところにいたほうがずっといいんだよ? 食べ物の心配もないし、冬に寒い思いをすることだってないんだからさ」
 縞は何も応えない。
 蒼馬はまた小さくため息をつくと、仕事机に戻った。だが、椅子に座るより早く眩暈に襲われ、その場にうずくまってしまう。やがて蒼馬は、力なくその場に横たわった。
「…………床……冷たくて、気持ちいいや……………………」
 長袖のシャツから、板の間の冷たさが伝わってくる。
 夜風が体にさわったのか、それとも、わざわざ人混みに混じりに行ったのが良くなかったのか。昨夜も眠りが浅かったことを思いながら、蒼馬は気分が良くなるまでしばらくこのままでいようと、青ざめたまぶたを閉じた。

 頼まれた「ハナちゃん探し」が一向にはかどらず、昼過ぎまで頑張っても目ぼしい成果が得られなかった時枝とみどりは、しばしの休息を挟み、今は聖園女学院に向かって歩いていた。
「春子ちゃん、きっと首を長くして待っているわよね。この半月、倫ちゃんたちにも手伝ってもらって、あちこち探しているんだけど」

 

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