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歴史・時代

東京探偵小町 第七話「少年画伯」 <4>

   

「飼い猫をどうしようと、そんなのボクの勝手だろ。昔は猫だって、こうやって紐で繋いで飼ってたんだから。ボク、お師匠さんの家で、そういう絵を見たことがあるんだから」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 出版社には日曜も何もないのだろう、『少女文芸』を発行しているサクラ書房の社員は、倫太郎の問いにあっさりと答えてくれた。
 京橋にあるこの小出版社は、実は倫太郎が寄稿している探偵朝日社と同じビルに同居しているため、いわば「お隣さん」のような関係にある。ちなみに、サタジットが働いている東亜新報社も、この近くにあった。
「森川町の二丁目というと……このあたりでしょうか」
 道を行きながら、みどりがつぶやく。うなずいて、時枝はあたりを見回した。
「門のところに大きな柳のある、『北辰館』っていう下宿屋さんだって聞いたわ。それにしても、さっきからやたらと『高等下宿』っていう看板を見かけるんだけど……みどりさん、高等下宿ってなぁに?」
「帝大の学生さんや、このあたりにお勤めをなさっている若い方々のための下宿屋さんですわ。しっかりとお世話をして下さるかわりに、下宿代は、ほかよりずいぶんお高いんだとか」
 みどりが挙げた金額を聞いて、時枝も春子も仰天する。なかには通常の倍額、春子がもらっている半年分の学費に相当するところもあった。
「さすが、高等って言うだけあるわねぇ……あっ、見て! あの家じゃないかしらん。ほら、ね、大きな柳がある」
 門前に駆け寄り、表札を確かめる。そこにはたしかに、「高等御下宿・北辰館」とあった。
「時枝お姉さま」
 みどりの日傘の影から、春子が不安げに時枝を見上げる。時枝はこくりとうなずいてみせ、日傘を畳むと、「とにかく会ってみましょう」と北辰館に訪ないを入れた。
「ごめんくださーい」
「はーい」
 応えたのは、ちょうど前庭で草むしりに精を出していた中年の女中だった。北辰館の女将はほかにいるが、良い給金をもらいながら下宿人の「ばあやさん」をするだけでは気が引けると言って、蒼馬の世話役として雇われた彼女も、今では進んで女将の仕事を手伝っているのだった。
「はいはい、どちらさま…………」
 前掛けで手を拭き拭き出てきたものの、時枝たちの姿を見るや、女中は大仰にため息をついた。
「あのう、もしかして、うちの坊っちゃ――いえ、紫月先生に何か御用でしょうかねえ」
「はい。サクラ書房さんから、こちらにお住まいだとうかがって」
「せっかくおいで下さったのに申し訳ないんですけどねえ、お引き取り下さいな」
 時枝の言葉をみなまで聞かず、女中は頭を振り振り、取り次ぎさえも拒むような口調で言った。
「あたしゃ紫月先生のお世話をしているトミって言うんですけどね、いくら待ったって出て来やしませんし、署名をお願いしたって滅多に書きゃしないんですから。頑張ってたって時間の無駄、日が暮れるばっかりですよ。さ、お帰りなさいまし」

 

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