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職業当選者

   

ギャンブル等々での負けがかさみ、闇金から追いかけられる立場になっていた末次 隆史は、逃げ切れず黒塗りの車に押し込められた。

そこで、闇金のバックにいるヤクザの組長から、「宝くじの当選者になってくれ」と頼まれる。とにかく命を守るために応じた末次は、一億円もの当たりくじを手に銀行に行くことに。

もちろん、身分的に後ろ暗いところがなかった末次は、当選者として大金を手にすることになるが、すると他の男性からも「馬券の当選者になってくれ」との依頼が。妙だとは思いつつも素直に従った末次は、換金を済ませたところで雑誌の記者に声をかけられて……

 

「随分と手間を取らせてくれたな……」
 末次 隆史は、生まれてはじめて底冷えのするような目というものに直面していた。
 手足を完全に縛られ無抵抗の人間にここまでの表情ができる者は、いわゆる裏社会でも多くはあるまい。
 昼間会っている時にはやや大仰とも感じていたサングラスも、この眼光を隠すというためであれば頷ける。
 違法とは言え一応「客商売」をしている以上、これだけ感情のない目は隠さなければ話にもなるまい。
 懐から取り出した抜き身のナイフが怪しく光り、末次の左手の先に押し当てられた。
「な、何を……!?」
「とりあえず延滞金代わりだ。一千二百万という金は決して安くないことを思い知るだろう。指が欠ければそれだけ目立つ。つまり逃げづらくもなるわけだな」
 末次は、ようやく男が違法な、つまりは闇の金融会社の大幹部である理由を把握することができた。
 違法な金なんだからと踏み倒す客に対しては、それ以上の抑止力が必要になってくる。
 何しろ、法にも道理にも頼れないのである。自分の身はどうあれ、「けじめ」をつけさせなくてはいけないというのが彼らの論理なのだろう。
「ま、待ってくれっ。俺は悪気があって逃げてたわけじゃないんだ。金が入ったならすぐにでも」
「悪気があるのかどうかを判断するのは俺たちだ。何しろお前のパクった金は軽くない。それだけの額を稼ぐのに、何人が懲役に行ったのかということだな」
 男の声は氷のように冷たかったが、刃先には確かに力が込められていた。末次が押し込められた車の中にはご丁寧にもくまなくブルーシートが敷き詰められており、物騒な「予定」を雄弁に伝えてきている。
 山中か、それとも車ごとカーフェリー経由で海の中か、いずれにしても「今後」があるような状況には感じられなかった。
「お、俺は、助かるのか?」
「漫画やアニメの世界なら、あるいはな」
 氷の目をした男は、末次に宣言するかのように思い切りナイフを振り上げた。これが心臓に突き刺さりでもしたら、痛みを覚えるよりも早く末次は肉塊になってしまうかも知れない。
「そう脅してやるなよ、理事長代行。まだ私の話が終わってもいないのに」
 と、その時、助手席の方から声が響いた。意外に柔らかく、しかし重みのある声色であり、凄まなくても人を怯ませる何かをも秘めていた。
「オヤジ、いえ、理事長。こいつに大役がつとまるとは」
「予断で行動を選ぶな、と普段から言っているはずだ。他に適任者がいるなら話は別だが、我らには時間も選択肢もないだろう」
 理事長、と呼ばれた男が諭すような一言を発しただけで氷の目の男は深々と頭を下げ、それ以上抗弁はしなかった。
 同時にナイフの冷たさとプレッシャーが末次から離れていく。ふうっと反射的に息を吐いた末次が顔を上げると、いかにも人の良さそうな、しかし、無数の傷が刻まれた老人が笑っていた。

 

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