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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<34> ~直くんの独立 前編~

   

高橋 直です。
今回は僕の独立までの少し長めのお話。
人は簡単に独立っていうけれど、いろんな事情も混じってくるわけで。
とくにそれが雇い主の事情と重なると本当に大変なんですよ!
でも、それもこれもみんないったんおしまいです。
『直くんの独立 前編』よろしくお願いします!

 

 
 クリアファイル騒動にも一応の目処がつき始め、直くんがすすき野に掛けカバーの新作を取りに行った秋深い午後。不意打ちをくらった。 
「直くん、ずっとこのままなの? このままモモヨ文具店にいるの? 独立しないの?」
 商品をチェックしていると掛けカバー製作当初から携わってくれている関口女史が、今日の天気を話すように、そんなことを口にした。関口さんは化粧気がなく、ずり落ちた鼻眼鏡で、いつもぼさぼさ頭をひっつめているのだが、現場ではたいへん有能だった。直くんのモモヨ文具店との掛け持ちを後押ししたのも彼女で、結果、直くんは頭が上がらない人になってしまっている。
 直くんは、はぁ、あのぅ……と口ごもり、「独立しますよ。そのためにお金貯めてるんですから」とはっきりしない口ぶりで応じた。とうとう来たか! と観念して、可能な限り早く関口さんから逃げたかった。見て見ぬふりをしてきたものが関口さんという形を取って現れたような気分だった。
 そうは問屋が卸さないのが関口さんで、にまっと笑った。
「へー。やっぱり。いつ?」
「えっ、あーっと、わりとすぐ」
 の、予定ですという末尾の文言は口の中で消えた。
「直くんさ、センスいいし、もったいないと思うんだよね」
 関口さんはやけに熱心にすすめてくる。
 直くんももともと独立するつもりでモモヨ文具店に入り、ここまで来たとはいえ、独立の時期を明確に決めていたわけでもなく、目標金額を厳密かつ厳格に設定していたわけでもなかった。ただ、漠然と「独立」を目指していて、その目標あっての自分だったので、いざ、独立! となると、拍子抜けするような、気落ちするような、みょうな気分になるのだった。
「なんか乗り気じゃないって感じだなあ。嫌なの? モモヨさんとこ出るのが」
「うーん。なんていうか……居心地のいい風呂に浸かってるみたいで。これから真冬の寒空に放り投げられると思うと、ちょっと、大丈夫かな、俺とは思います」
 あーなんとなくわかるわと関口さんは頷き、タバコを取り出して、あ、ここ禁煙だけど、まあいいかと火をつけた。すすき野は全施設禁煙である。気の抜けたような輪っかをふかして、関口さんは腕組みした。
「船を降りるにはいろいろ方法があるじゃない? 梯子かけたり、ロープで伝ったり、飛び降りたりさ。で、直くんのはどれなんだろうって思ったとき、今の直くんの話をきいてね、飛び降りるしかないんじゃないかって思ったんだ、あたし」
「飛び降りる……ですか」
「うん。陸地もなにも見えないんだもん。寒空でも氷みたいに冷たい海でも泳がなきゃいけないなあって思ったんだ。独立なんてそんなもんでしょ。一か八かの賭だし、上手くいったら儲けもんていうか。そういうもんを目標にしてる人間なら、居心地のいい船からは降りなきゃって、まあ、お節介ながら考えた。……うーん、本当にお節介だったね。失礼しました」
 関口さんはボサボサ頭を下げたけれど、直くんは、首を振った。きゅうに決心が固まったのだ。仮看板だった独立が、直くんの心にしっかりビスでとまるように固定されてきらきらのネオンを輝かせた。たまたま関口さんにせっつかれてネオンの電源を入れられたのだが、当の直くんは、きゅうな心変わりに戸惑っていた。
「いえ、いい機会です」とできるだけ声が裏返らないようにゆっくり言った。大丈夫か、俺? と何度もなんども自分に確認したが、ネオンからはいってやれ! いってやれ! という気合の入った明滅しかなかった。実はちょっと前に、独り立ちしている綾乃さんに聞いたりしていたのだから、すでにネオンは心にとめられようとしていたのだろう。
「年末に一旦閉店するでしょう? そのときに、僕も独立という形を取ろうと思います」
 目をまん丸くした関口さんが、くわえタバコで、おー! と拍手をする。よく言った! と掛け声までかかった。にっと直くんは笑ったが、引きつっていた。
「今日は独立宣言記念日になりそうです」
「モモヨさんなら大丈夫でしょ。旦那さんと一緒に暮らすっていうし……あ、それも、あるか」
「まあ、あるといえばあるんですがとくに気にはしていませんでしたね」
 直くんは盛大な嘘をついた。本当は悩みどころだったのだ。だが、ここまできたら嘘も建前も本音も全部持っていこうと腹が決まった。
 長々とした話のあいだに商品チェックは終わり、では、これでと判を押し、ふと気になったことを尋ねた。
「それにしても関口さん、なんでこんなに僕の独立が気になったんですか?」
「うちに引き抜きたいからに決まってるじゃん。契約者が二名になんのよ? 独立促さないでどうしろっていうわけ? 独立したら、うちと契約してよね!」
「……も、モモヨさんに話をしたら籍を残しておいてもらえるように言います」
 お願いねー! とゆるく手を振る関口さんに見送られて、直くんは「独立」の旗印を掲げた飛び降りる直前のただの高橋 直になった。
(さて……ちょっと家に戻って、独立企画書持ってくるか。一応、もう独立しても大丈夫なところまではきてるわけだからな)
 車に乗り込んだ直くんは、キーをひねるとドライブに入れ、アクセルを踏んだ。
 ああ、このボロ車に乗るのもそろそろ終わりかぁとやけに身に沁みた。

 

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