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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<34> ~直くんの独立 前編~

   

 
 一旦自分のワンルームに戻って、丁寧に書かれて、いますぐにでも実行可能ですという面構えの企画書を持って、モモヨ文具店に店の戸口から戻ると居間が騒がしかった。
(しまった。今日、来る日だったっけ?!)
 作業台後ろのカレンダーを見ると、9月5日に大きく赤丸がついていて、「タカ、るかちゃん、りいかちゃん泊まりに来ます」と太字で書いてあった。そんなことも忘れるのかと怒られそうだったが、モモヨさんの私生活には関与しない方針だったし、直くんは直くんでやることは山のようにあった。今回の宿泊はイレギュラーで、モモヨさんの私生活が一部、直くんの事情に流れ込むことを承知で、モモヨさんはカレンダーに赤丸を記したのだ。
(顔出さないとまずいよな)
 わいわいというよりは、ぎゃいぎゃいとやかましい居間を覗き、「こんにちは。アルバイトの高橋…」直ですをぶった切って、仏頂面の琉華が「てか、なにこいつ」と直くんを指差した。
 聞いていたよりも琉華は凄みのある少女だった。華奢というよりも拒食症のモデルみたいに痩せぎすで、あごがうんと小さかった。目だけが大きくぎょろぎょろして、その目が顔を出した直くんふくめ大人たちをにらみつけていた。今の琉華の味方は腕に抱え込んだ妹のりいかしかいなかった。全方位にばらまく大人への敵意が琉華に跳ね返って、自分を傷つけていた。
(……やべえ子じゃん)
 モモヨさんが目配せし、直くんは身を引いた。
「アルバイトの直くん。今晩夜勤に入ってくれてるの。わたしがこっちにいる……」
「かんけーあんの?」
 かったるそうにモモヨさんの言葉を遮る。四方八方をにらみつけた琉華の言葉は、この家に関係あるのかとも、自分たちに関係あるのかともとれる言葉で、モモヨさんもタカアキさんもわずかにつまった。
 そこへするりと言葉が出た直くんは上出来な方だった。
「僕は年末に独立するバイトだから関係ないよ。今夜一晩だけ関わりがあるってだけ。……モモヨさん、今晩以外でもいいので、独立の話をさせてください。では、失礼します」
「うん、わかった」というモモヨさんの声に押されるように、直くんは、いつもの作業台の前に陣取り、もう、自分は入れなくなってしまった居間で、騒がしく賑やかに過ごされる福永さん家の日常を、背中のすかすかする拠り所のない感覚とともに聞いていた。
 それは直くんに川を思い起こさせた。向こうとこっちと別れてしまった対岸は橋を架けるという難事業がある。幸いモモヨさんからの橋は切れていない。けれど、日常という点では、その橋はもう閉ざされたのだ。直くんが渡って行っても「アルバイトの高橋 直」としてしか受け入れられない。
(そういうわけじゃないのか。前々からそうだったのか。それを俺は誤解していたのか……?)
 モモヨさんはいろんなものを抱え込んでも平然としていられる。直くんもその一人だ。ただ、モモヨさんにも寄りかかったり寄りかかられたりがある。モモヨ枠から出て行くことを決めた人は、寄りかかられたり、寄りかかったり出来なくなる。
(そういうことか。なるほど)
 この拠り所のなさが、独立への第一歩だと理解した直くんは、甘んじてそれを受け入れた。
 店の前を樹から離れた木の葉がひらりと舞って寒空に飛んでいった。

 

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