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歴史・時代

東京探偵小町 第八話「月夜の宴」 <2>

   

「いいから、倫ちゃんとわごちゃんは先に帰っていて。柏田さんも、今日はありがとう。じゃあね!」
「おい、バカ、大将!」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

「何よ、さっきから聞いていれば勝手なことばっかり。大体、なんのためにあたしがこうして毎日来てると思ってるの? 蒼馬くんが、いつまでもハナちゃんを離してくれないからじゃない」
 その通りだと言いたいのか、虎猫の鳴き声が時枝に加勢する。蒼馬は聞きたくないとばかりに、夏掛けを頭まで引き被った。
「ねえ、お願いよ。あの紐を外して、ハナちゃんを自由にしてあげて。もちろん、あたしたちのほうでも独り占めなんてしないわ。今までどおり、来てくれたときにだけ、一緒に遊ぶようにするから」
「ハナじゃない、縞だ。何回言ったらわかるんだよ、このヘボ探偵。縞はボクだけの猫なんだから」
 時枝は小さく息をつき、夏掛けに隠れている蒼馬の、歳の割に小柄な背中を見つめた。春子のことがなければ、「どうぞお好きに」と言ってやりたいところなのだが、春子だってこの虎猫のことを、働きながら学ぶ女学院生活の、心の慰めにしているのだ。せめて以前と同じ状態に戻してやらねば、春子がかわいそうだった。
「本当はわかっているくせに、意地悪を言うのね。蒼馬くんと同じように、春子ちゃんだって、あの猫ちゃんが大好きなのに」
「そんなの……そんなの、知るもんか。仮に縞が野良猫だったとしたら、それこそ早い者勝ちじゃないか。ボクが飼い主になって、縞に最高の暮らしをさせてやるから、もう放っておいてよ」
「そうね。蒼馬くんが猫ちゃんを紐で繋いだりしていなければ、春子ちゃんだって納得したかもしれないわ」
 努めて穏やかな声で、言葉を紡ぐ。今日は見舞いだけにするつもりだったが、蒼馬の性格を考えれば、こうして話す機会など、もう与えてもらえないだろう。時枝はどうしたら「きっかけ」が作れるだろうかと、それだけを考えながら、蒼馬の背中に語りかけた。
「でも、これが正しい飼いかたなのかしらん。猫ちゃんだって、嫌がっているんじゃない?」
「違う、縞はまだわかっていないだけなんだ。どうせアンタたちがやっているのは、残飯か何かだろ。ボクだったら、刺身でも鰹節でも、縞の好きな食べ物はなんでも買ってやれる。ここにいれば、縞は飢える心配もないし、ほかの猫にいじめられる心配もないんだ」
「御馳走をもらうことだけが、猫ちゃんの幸せじゃないと思うわ。それに、今の暮らしが本当にいいんなら、こんなふうに紐で繋がなくったって、ハナちゃんは逃げやしないと思うの。違う?」
 痛いところを突かれたのか、蒼馬がまた押し黙る。時枝は蒼馬の枕元から立ち、蒼馬の仕事部屋である板の間に入った。その気配に気づいて、蒼馬が夏掛けを跳ね飛ばして飛び起きる。
「やめろ、ボクの部屋に勝手に入るな!」
「蒼馬くん、こんな押し問答を続けていても仕方ないわよ」
 時枝は虎猫を抱き上げると、その首を飾るリボンに手をかけた。縞を繋ぎ止める麻紐は、固く結ばれたリボンに結び付けられていたため、リボンごと外してしまおうというのだった。
「ハナちゃんがこの紐を外してもここを動かなかったら……あたし、もう何も言わない。春子ちゃんにも説明して、わかってもらうわ」
「……………………」
「春子ちゃんはね、ハナちゃんが誰かの飼い猫になっているんならそれでもいいって……もうハナちゃんに会えないのは残念だけど、それでハナちゃんが幸せに暮らせるのならって言っていたのよ」
「なんだよ、それ……ボクだけ悪者みたいにさ…………」

 

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