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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

怪盗プラチナ仮面 17

   

警視庁・屋上ヘリポート

 ぎりぎりまで増子は冗談だと思っていた。いや冗談だと思いたかった。

 だが連中は定刻になると、中型トラック3台を伴って警視庁正門前にやって来た。「大日真教総本山」とロゴが入ったユニフォームを着た作業員らが、台車に乗せた護摩木の山を続々と運び入れ、エレベーターへと搬入していく。作業の手際には遠慮のカケラも無かった。

 警視庁屋上には護摩木を積み上げた壇がしつらえられ、その北側から三方を囲むようにして、山伏姿の僧侶十数人が立ち並ぶ。南側には、恐らく管長が読経する座らしい高さ3メートルほどのやぐらが組み上げられた。直接の取材はシャットアウトしていたが、既に複数のテレビ局のヘリが爆音を響かせて周囲を旋回していた。

 櫓の後ろには、パイプ椅子を並べて政府関係者用の席が設けられ、警視総監以下、各部の部長が顔をそろえた。増子を除く全員が制服を着用しており、一人だけスーツ姿の増子は苦々しい表情で護摩法会の準備作業を見守っていた。

 内閣や他省庁からの出席者は皆無だった。実はこの日、四つの省から出席予定だった審議官クラスは、直前になって全員が公務を理由にキャンセルを通知してきた。まことに整然たる、一糸乱れぬ足並みというほかはなかった。

 こうした状況だけに、増子にすればいかに適切なタイミングで退出するかが気掛かりだった。いつまでも留まっていれば、正気とも思えぬこのイベントの責任を背負わされかねない。義理さえ果たせば後は庁舎管理担当者に任せればよかった。
 

 松の枝で覆われた護摩木の山に火が点じられた。積み上がった護摩木の内側から炎が立ち上がり、枝の松葉からにじみ出るように白煙が立ち昇る。櫓の上に陣取った管長が真言を唱え始めた。

 突如、スピーカーから大音声だいおんじょうが上がった。

「皆様。お手を合わせて黙祷をお願いいたします」

 警視庁出席者が一斉に合掌し目を閉じる。総監も副総監も黙祷しているのを見て、自分も従わざるを得ないと観念した増子がそれに倣う。

「お直りください」

 大日真教総本山管長の声は朗々と桜田門の空に響き渡り、護摩の煙は天に沖し日輪を覆った。管長の読経が5分を過ぎたと思われる頃、黒いスーツを着た総本山関係者らしい男が警視庁関係者の間を回り、丁寧に振り仮名を振った経文を配っていく。
 やがて周囲の僧侶が一斉に真言を唱え始め、警視庁のヘリポートに荘厳な宗教空間が出現した。

「ご唱和を願います」

 総監が、副総監が経を唱え始めた。他の部長もそれに倣う。信じがたい思いで増子が制服姿の総監を横目に見ると、経文を高々と捧げ持ち、一心不乱に声を張り上げている。部長たちも同様の姿勢を取って読経に没入していた。抵抗しようも無い同調圧力に遂に増子は屈し、経文を誦し始めた。

 梵語を日本語の響きに転写した単調な経文を、平板なリズムで読誦する心地良さが、オーバーワーク気味の刑事部長の脳内を侵していく。「これはまずい」と思って、官僚の自己防衛本能が命じるところに従い、本務のことを考えた。
 

 

-ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
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