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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<35> ~直くんの独立 後編~

   

時間は等しく流れ、長かった僕の話ももう終わり。
モモヨ文具店でのあれこれを大事にしながら、僕は独立します。
『直くんの独立 後編』
――じゃあ、さようなら。お元気で。

 

 
 独立が決まってからまずはじめたのは事務所の契約だった。連絡を取っていた不動会社も福永文具店が保証人になってくれるということで、打って変わって応対がよくなった。見繕っていた数件のうち、一階が店舗、二階が住居という好物件がまだ残っていてそこを借りることにした。中心街から外れて立地はあまりいいとは言えなかったが、商品の物置と全国からネットで万年筆のオーダーメイドや修理修繕を受けるのだから問題なかった。
 それから中古車の準備。免許は持っていたがロードバイクで移動していた直くんには物を運べる足がなかった。中古車市場を見ていると眉間に皺が寄ったが、モモヨ文具店裏の長井さんという老夫婦が車の処分に困っていることを聞きつけて格安で譲ってもらった。
 それから自販機に商品の用意と正式な申請書。固定電話を引く、名刺やら細々した物の用意、住民票の移動……
 苦労して貯めたお金があっという間に目減りしていくのに比例して、直くんは疲れるようになった。勤務時間帯は大丈夫だったが、休みの日にはほとんど寝ていたし、とても料理まで頭が回らず、食パンをコーヒーで流し込む日々が続いていた。
「直くん目のした黒いよ」
 見かねたモモヨさんがご飯を振る舞うようになり、休憩のあいだは二階の客間で寝かせてくれた。
 なにからなにまでお世話になりっぱなしで、という直くんにわたしもこの店継いだとき、直くんみたいなもんでね、そりゃあひどかったのよと笑った。月世野に初雪が降った十一月半ばのお昼休みのことだった。
「ひどかったんですか」
「うん。やっていけるかどうか不安で不安で。こーんな田舎の文具屋でしょ。それまで文具に携わっていたとは言え、会社勤めだったからねえ。そこはもっと大きくて流行にも敏感だったから」
 全然違ったわねえとジャガイモとタマネギの味噌汁を食べながら、モモヨさんは言った。だから綾乃さんの言い分はとても正しいとも。
「場所場所、店店によって仕入れる商品も売れる商品も違うってことですね」
 モモヨさん温情の炊きたてのご飯をもそりとかきこむ。
 分厚く切ったベーコンを軽く焼いてスクランブルエッグをどっさりのせたワンプレートが今日のメインだった。直くんの皿はすでに三分の一食べ終わってる。
「そうそう。そういうのがちゃんと体感としてわかるまでに結構かかった覚えがある。というか、お店に来る人が見かねてね。〝モモヨちゃん、これじゃあ店が変わっちまうよ〟って言ってくれたとき、はっとしたんだよ。きゅうに視界が開けたっていうのかな、ああ、わたし、なんにもわかってなかったってね。その日からかないきなり楽になったのは」
「うちの店は珍しい物もいれるじゃないですか。それは平気なんですか? 道から外れてないってことになってるんですか?」
 直くんがベーコンを食べつつ、わりと攻めてますよね、うちの店と尋ねると、「そりゃあ、生き残りをかけなきゃだから」とプレートからスクランブルエッグをご飯の上にかけて醤油を垂らしたモモヨさんは言う。
「いつまでも変わってはいけないけど、永遠に変わり続けなければならない。これ、商売の神髄」
「関口さんが言ったんですよ。船から飛び降りるしかないねって。あ、船ってここのことです。独立の話をしていたので」
 もったいねー、夜食えねーぞと思いながら最後のベーコンを食べたら、モモヨさんが一切れくれて、「ご飯多く炊いてあるから大丈夫! おにぎりにしてあげるから夜食べなさい!」とまで言ってくれたので、げふんと涙で詰まりながら、「つ、続きですが……」となんとか話し出した。
「モモヨさんも船から飛び降りて来た人だったんですねえ」
「そうだねえ。また新しい旅が始まるけどもね。……そうそう。もし、直くんのもとにね、いろんなお客さんが来るだろうけど……直くんみたいに、こうやって独り立ちしたいけどノウハウもなんにもないって人が来たら、できる限りでいいから教えてやって。もちろん人柄見なきゃダメだよ。誰彼構わずってわけじゃないんだから。……でも、そうやって順繰りにいろんなものが巡っていくっていうの、わたし好きなの。命が巡っていくようでね……わたしはね、直くんだから教えたんだから」
「……だから琉華ちゃんとりいかちゃん引き取るんですか?」
 直球で訊いてみるとモモヨさんは、からから笑った。
「あれは別問題! ぜーんぜん違う場所から来てる問題。わたしとタカの根っこみたいな部分よ」
 そこは教えてもらえないんだな。
 直感的にわかり、直くんはタカアキさんと自分の差を痛感して当たり前のことなのに胸が痛かった。
 わかっているだろうモモヨさんもなにも言わず、「十二月いっぱいのセールのことだけど」と話を切り替える。
 やがて昼休みが終わる。
 時間はどんどん進んでいく。

 

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