幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

モモヨ文具店 開店中<35> ~直くんの独立 後編~

   

 
 モモヨ文具店閉店セールの始まる十二月に入る前に大方の事務手続きは終わったが、動き出しが遅かったことが裏目に出た。
 学校への自販機設置の許可は来年度頭四月一日から、通学路への設置も年明けからと正式決定され、収入が一時的にないことがわかった。日の出県すべての小中高大学三百二十二校に声をかけて、とりわけ大学と私立高校・中学・小学校と一部の公立高校で文具自販機の積極的導入が検討されていたから歯ぎしりしたくなった。
 学校は様子を見る傾向にある。とくに公立高校は、ほかの公立高校が前例を作って、運用をしてみないと動かない。今までいい顔をしてくれていた日の出県の教育委員会がとつぜん手のひら返しをしてきて、直くんはぶっ倒れそうになった。
「やばい」
 それが十一月下旬から頭の直くんの口癖になっていた。
 企画の練り直しか、計画頓挫か。貯金はさいわいまだあったが、じりじりとした焦燥感にさいなまれ始めていた。
 ただ物事には悪い面もあれば良い面もある。
 十二月中頃、直くんの携帯に日の出市教育委員会ではなく、月世野の裏ともいえる、照穂山(てるほやま)の裾野の照穂町町役場から電話がかかってきた。
『タカハシ文具工房の高橋さんのお電話ですか?』
 律儀にかけてきたのはのちのちお世話になる助役の峰岸さんだった。
『きゅうで悪いんですが、あれ、入れてもらえませんかね』
「え? はい? なんでしょう?」
 セールまっただなかで受けたので、直くんは一瞬、なんのことかわからなかった。
『文房具自販機のことです。協議が長引いちゃってこんな時期になって申し訳ないんですけど、できますかねえ。うちの町の学校っても小、中の二校しかないんですけどもねえ。このへんは豪雪地帯で雪解けまで街まで出られないんですよ。雑貨屋のばあちゃんも高齢だし。親御さんに話をしたら是非ってことなんで。町長の了解も町議会の了解も取ってありますから』
 その一本の電話でつかえていたものがするっととおった。直くんは混乱した頭が口に信号を送らないように懸命に耐えてから、一息ついて、言った。
「すぐに伺います。あ、あと、文具以外でご入り用のものとかありますか? おもちゃとか、日用雑貨でも構いませんが。また料金体系はちゃんと考えますが、買い出しも可能です」
 あれーと峰岸さんは間延びして驚いた。
『そこまでしてくれるんですか。年寄りが多いので助かります。じゃあ、一旦、町内放送で連絡してから折り返しご連絡という形でいいですかね』
「はい。よろしくお願いします」
 町内放送でこの話をされるのか……と赤面しつつ、モモヨさんに断って、店を抜けた。早急に自販機販売会社に連絡を取って、年内ぎりぎりの搬入の手配を整え、照穂町までの距離をはかって交通費を出した。
「なんとかなりそう?」
「なんとか……たぶん」
 言うと、セールでばたばたしている店内でただ、ばしんと背中を叩かれた。
 翌日、峰岸さんから連絡があり、「一斉放送したら連絡が来ましてねー」と欲しい物リストが伝えられた。品数はあまりなく、月世野で調達できる物だった。これまた店を抜け出して買い出しに行く。領収書を切ってもらい、小銭を用意しておく。小銭用ポーチも必要だとわかり、慌てて買い足した。
 折り返しの連絡をしたのが夕方5時近くで、「明日正午頃お伺いします。文具自販機は年内搬送予定です」と伝える。「待ってますんでー」とやっぱり間延びした答えにほっと胸を撫で下ろしたのは、夕飯休憩中だった。
「照穂町ってどんなところでしたっけ?」
「雪だねー、雪。山裾だから。もう雪降ってるって天気予報で言ってたよ。ここから二時間くらいかかるかなぁ。スタッドレスに交換した?」
「してあります。あ、そうだ、明日朝から抜けますので。よろしくお願いします」
「了解です。初仕事、がんばって」
 直くん初めての自分だけの仕事にどきどきして、めまいがしそうだった。

 

-ハートフル
-, , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品

お仕事です! 第1章:樋渡和馬VS住所不定無職-1

春日和

家族の肖像(4)~青春篇~

出会いも別れも秋の空

お仕事です! 第2章:樋渡和馬VS 夜明けの逃亡者-1