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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<35> ~直くんの独立 後編~

   

 
 そうやってすこしずつすこしずつ自分だけの仕事をこなしながら、モモヨ文具店の閉店セールを切り抜けた。
 県道十二号の拡張工事は翌年四月からすでに決定していて、モモヨ文具店以外の民家は引っ越しや老人ホームへの入居を終えている。街灯一本だけの真っ暗闇のなか、県道十二号のでっぱり、モモヨ文具店は二十四時間こうこうと明かりをともし続けた。
 思い切って五割引にした商品が飛ぶように売れて、店が空っぽになりかけるある晩。
 直くんとモモヨさんのこれからのことを考えてくれたかのように、ぽっかり客足が途絶えた。二人そろっての夜勤で、レジ台と作業台に陣取ってごひいきさんにもらった昆布茶を飲んでいる。
「店は大晦日までですよね」
「そ。キリがいいからね。その前にまた二十八日に来るよー。あの三人が」
「おぉ……なんというか、ヘビーですね。年末に来て」
「一緒にね、暮らすことあの子たちに話すの。そのための日」
「まだ言ってなかったんですか?」
 てっきり話してあるものだと思っていた直くんは、「こんな年末に来てっていうのも大変ですね」とまで付け加えてしまった。モモヨさんが苦笑いする。
「わたしたちがちょっとごたごたしちゃったからね。タカのわさび漬けの委託販売経路確保とか。そっちはなんとかなるけど、法律上の問題とか。養子に入るようなものだからね。でもまあ、琉華ちゃんはなんとなく勘づいてると思うけど」
 手の中で湯飲みを回しながらモモヨさんはなんてことないように言う。
「……それ、いつやってたんですか?」
「あれ? 気づかなかった? ふつーに弁護士の及川先生に連絡取ったりしてたよ」
 自分のことだけでいっぱいいっぱいだった直くんは、「失礼なことを言ってすみません」と蚊の鳴くような声で謝った。自分以外が動いているとはまったく気づいていなかったのだ。赤面していると、「いいっていいって、直くん忙しかったもん」とモモヨさんに笑われた。
 ついでに訊けるかなあと考えていたことが口をついて出た。
「最後なんで訊きたいんですけど……」
「うん? なに?」
「モモヨさん、なんでそんなに人の人生背負い込むんですか? 僕のときもそうでしたけど、全然平気でしょう? 怖くないですか?」
 モモヨさんはうーんと頬をさすりながらも即答した。
「手出ししなくて悪いほうに押し流されるのを見てられないだけなんだよ。そっちのほうがずっと怖い。無理なときはどうしても出てくるから、そのときはなにもできないけど、手助けできるならしようって決めてるんだ」
 生涯のテーマってやつよ、とモモヨさんは言う。
「それからわたし、うんと寂しがり屋なのよ。人は多い方がいいってタイプ」
「わっかんねー」
「あ、それ、琉華ちゃんも言ってたわ。おばさんの言ってることわっかんねーって。あの子わかんねーって言ってるけど、ぜんぜん、思考停止しないのね。すごいわ」
 ともあれ、とモモヨさんが仕切り直して、お茶を淹れた。
 モモヨ文具店ではティーコゼーに白湯の入った急須が入っている。
「二十二日だよね? 綾乃さんと食事会。『四季』無事売り切れました報告会」
「はい。やっとこの報告ができます。でも、本当にいいんですか? おごりだなんて」
「いいのいいの。わたしもあの三人と用事あるから。そのときだけはお店はお休み」
 ふうっと言葉尻が宙に消えて、「長かったなあ」とモモヨさんの口からこぼれた。それはお店を任されてからが長かったのか、それとも三人と一緒になるのが長かったのか、どっちでもないのか。なんとなくこぼれ落ちた言葉に思えて、聞きそびれた。直くんはモモヨさんの独り言が宙に溶けて消える様をぼんやりと見送った。
 時間は飛ぶように過ぎ、あっというまに二十二日になった。

 

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