幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ハートフル

モモヨ文具店 開店中<35> ~直くんの独立 後編~

   

 
 綾乃さんとの食事会もとい『四季』完売報告会が行われた東京のイタリアンレストランの個室では、ユージさんがオススメしてくれた料理をよそに、企画書がテーブルの上を所狭しと広げられてああでもないこうでもないと二人の意見が飛び交っていた。
 実は、新作の文具を、と百貨店バイヤーから頼まれて切羽詰まってる綾乃さんから、ユージさんの後押しがなければ今回の食事会は辞退するはずだったと、さらりと伝えられて、直くんは驚いた。
「そんなにまずいんですか?」
「もう……どうしたものか。案はいくつかあるんですけど、折り合いはつかないし、どれ選んだら良いかわからないし。百貨店は一万円以上のちょっと高級感のある文具……じゃないか、今回は……それにしたいって言うんですよ。でも売れないって言ったんですが……」
 メニューより先に企画書を取り出す綾乃さんを遮る。
「ちょっと待ってください! 先にオススメ頼んじゃいます!」
 適度な価格のコース料理を頼み、パスタはエビがいいのか蟹がいいのか尋ね、店員を呼んで、企画書をにらみつけてうなだれる綾乃さんを尻目に二人分頼んだ。きっと別れ話がもつれてこうなっていると思われただろうなあと直くんが、「はい、オッケーです」と言うが早いか、綾乃さんは「A-2案よりB-3案をオススメしたいんですが……どう思います?」とイラストが描かれたA-3からB-3までの企画書六枚を渡してきた。
「今回は腕時計ですか……阿部さん、なんでもやりますね。うらやましいです」
「わたしは発案して実行するだけです。で、決めなきゃならないんですよぉ。どれがいいと思いますか?」
 細工物の蓋付き腕時計が綾乃さんを悩ませていた。
 細かく細工された蓋の材質、文字盤、革の色が六枚とも違う。
 イラストで見ても、見事な作品だった。カッティングされた蓋付き時計なんて、下手したら下品な代物をロケットプラネットらしい自由奔放さでかわしきっている。百貨店の文具売り場に置くのも面白いと思わせる一品だった。バイヤーもそこ狙いだろう。
「いつもながら面白い仕事してますねえ」
 直くんが褒めちぎると、綾乃さんの顔がぐしゃぐしゃに歪んだ。
「うう……わかんない……」
 うめく綾乃さん。ああ、たしかにこれは重症だと直くんが同情したとき、注文した適正価格の赤ワインのデカンタが運ばれてきた。
「うう……うう……」
 彼女はグラスのふち、めいっぱい注ぐと一気に飲み干した。強いのか弱いのかまったくわからないが、とりあえず食事はスタートした。直くんもちびちび飲み始める。
「実物あります?」
「ありますともぉ」
 腕時計六本が卓上に並ぶと、前菜が運ばれてくる。長々しい料理名を告げる店員に炭酸水を追加注文すると、六本手に取ってみた。
「どれも綺麗ですけど……これは男女兼用?」
「ですです。ユニセックスの物を作ってくれと言うお達しだったのです」
 うう、うう……とうめきながら洒落た皿に飾られた前菜をナイフでぶっ刺して食う。
 直くんも前菜に手を伸ばしたが、どうしても六本の方が気になった。
 銀蓋にオーソドックスな文字盤、紺の革の時計――B-3とタグをつけられた時計はたしかに目を引く。一点物の時計ですというアピールになる。
「客層は?」
「ばらばらですが、強いて言えば若い人向けではありませんね」
 なんで引き受けちゃったんだろうと半泣きになっている綾乃さんはまたがぶっとワインを飲んだ。
「B-3案いいと思います。ほかのは文字盤と革の色がネックになると思います。革の色味は派手じゃないですけど、百貨店の文具売り場に売り物として置くのは僕は賛成しないです」
「ただ……」
 綾乃さんは言いづらそうにした。
「いやらしくないですか。B-3て。持ってますよアピールしてません?」
「ああー、たしかに。それはわかる」
 少々、鼻持ちならない感じはある。つける人によるだろうが、よほど上手く合わせないと光をはじく銀蓋も蓋から覗く濃淡のある文字盤も浮く。 
 ああーと直くんが呻いたときに、パスタが運ばれてきた。これみよがしのトリュフの削り出しも、呻く二人にはまったく響かなかった。ただ事務的に食う。前菜もパスタも味という味がしなかった。なんだかもうどうしようのない虚無感が二人を襲っていた。『四季』完売報告会なのに、気づけば綾乃さんの新作発表準備会に変貌していた。凝ったように時間が、どろどろと固まっていく。
「難航ですね、これは」
「そうなんです。……で、A-2を今どうかなと。そっちのほうが嫌味がない」
「でも、百貨店の文具売り場でしょ? A-2だと……時計店の洒落た時計ですよ。革も黒だし。銀の蓋も別に面白みがない。あえてB-3にしておいて、文具ですよアピールとかどうです? 阿部さんとしてはロケットプラネット色を出したいわけですよね? だったら……」

 

-ハートフル
-, , , , , ,


コメントを残す

おすすめ作品