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歴史・時代

東京探偵小町 第八話「月夜の宴」 <3>

   

「そのかわり、今夜は銀さんおひとりのものですよ」
「お縞姐さんにそんな嬉しいことを言われたら……僕、本気にしてしまいますよ?」

小説版『東京探偵小町
第二部 ―夜会編―

Illustration:Dite

 

 主たる者を経て、夜を生き、昼を往く力を得る彼ら「使い魔」は、その多くが本来の姿以外に、人間界で生きるのに役立つ「人間の姿」を与えられていた。
 そのどちらに重きを置くかは、主たる者に宿る力の大きさや志向によるが、いずれにせよ、使い魔が自分の気分や好みで勝手に姿を変えることはまずない。
 その唯一の例外が、東欧に棲む双子の魔女のもと、何百年も続く由緒正しい使い魔の血筋に生まれたニュアージュだった。主人の許しもなく気ままに人の姿を取ることがあるのは、彼自身にも、ある程度の力が備わっているからなのだろう。
「…………よし、こんなものでしょうかね」
 今宵の夜会にふさわしい正装に身を固め、主人の衣装箪笥を断りもなく開けて香水を物色する。だがふと思いついて居間に移動し、硝子戸のついた飾り戸棚にひとつだけある、自分用と定められた引き出しを開けた。
「お縞姐さんにお会いするんですから、下手な格好で行くわけにはいきませんよね」
 そんなことをつぶやきながら桐の小箱を開け、初めてこの島国に降り立ったときに主人から贈られた、チョーカー型の首飾りを取り出した。
 黒天鵞絨のリボンの中央に光るのは、もとは帯留だったという、小さな石細工。質のいい薔薇輝石をその名の通りの薔薇に造ったもので、花の下には翡翠を加工した葉も添えられていた。
 ニュアージュは黒タイを外し、かわりにその首飾りを結んで、姿見の前で見栄えを確認した。髪を整え、白手袋をはめて、姿勢を正してみる。そこに、帰宅したばかりの御祇島が入ってきた。
「おや……今夜はまた、えらくめかし込んでいるじゃないか」
「御主人さま。お帰りなさいませ」
 月光のような銀髪を揺らして振り返り、足音も立てずに駆け寄って、主人の帽子を預かる。今夜は特別ということなのか、御祇島は自分に黙って姿を変えたことは咎めず、かわりにその首もとを飾る古びたタイに目をやって苦笑した。
「何やら見覚えがあると思ったら、またずいぶん懐かしいものを引っ張り出してきたのだね。神戸……いや、長崎で見つけたものだったかな。まだ持っているとは思わなかったよ」
「御主人さまから頂いたものは、お下がりであろうと何であろうと、すべて大切にしまってありますよ。特別なときにだけ身に着けようという、僕のいじらしさがおわかりにならないとは」
「はは、自分で言ってどうするね」
 珍しく声を立てて笑うと、御祇島は少し疲れたように、長椅子に身を投げ出した。ニュアージュが「何か飲み物でも?」と尋ねるのを、軽く手を振って断る。そして改めて、自身の愛猫でもある美しい少年を眺めた。
「しかし、どうした風の吹き回しなのだろう。おまえがこうした集まりに顔を出すなんて」
「それが、とても素敵な御婦人から、是非にとお誘いを受けたものですから」
「ああ、なるほど……つまり今夜のお相手は、あの粋筋の姐さんというわけか。人間ならば、さしずめ新橋の芸者とでも言うような、美しい虎猫の」
「御主人さま、無粋な詮索はナシですよ」
 ニュアージュはプイとそっぽを向くと、主人の衣装箪笥から持ち出してきた香水のビンを振ってみせた。
「とにかく、その御婦人はもちろん、御主人さまの名誉のためにも、恥ずかしくない格好で出席しようと思いまして。仕上げに、御主人さまの香水を少々お借りしても?」
「構わないよ、好きにおし」
「ありがとうございます。では、遠慮なく」

 

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