幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

宮廷戯曲/第3話

   2005年9月30日  

“契りの夜”

自らの後宮における地位を守るため、企みに加担することを決めた側室・紫嬉(25)。老帝から召された次の夜、計画通り、紫嬉の寝室を能吏・高呂順(29)が訪れる。

そして、紫嬉は遂に、その身を男にゆだねた…。

愛と陰謀渦巻く宮廷ラブストーリー。

 

第3話
“契りの夜”

今宵は新月。宮殿は深い闇に沈んでいる。紫嬉(シキ)は、自らの寝室で、小さな燈篭に明かりを灯し、訪問者を待っていた。
身につける衣服は悩んだが、臣下相手に着飾る必要はないと、いつもどおり絹地の白い寝着姿である。

コトリ…
闇の中から、かすかな音が届いた。
(来たか)
音の主は、あの男に違いない。女官たちは一人残らず、下げてある。女官長が、周囲の部屋も含めて、今夜は立ち入りを禁じているはずだ。
「紫嬉さま、失礼を」
「構わぬ。入れ」
紫嬉に許されて、高呂順(コウロジュン)が姿を現した。いつもと同じ、乱れひとつない官吏の正装を身に纏っている。
「ご決心に変わりはありませぬか?」
淡々と尋ねる。
「無論だ。こうなっては手段は選べぬ」
「そうですか。それでは…」
「待て」
医者が処置でも施すかのように、あっさりと言う能吏に、紫嬉は思わず、声を上げた。
「そなた、歳はいくつじゃ?」
「かぞえで29になります」
唐突に問われて、しかし、特段、意外な顔もせず、男は答えた。
「その歳で、その官職にあるということは、名家の出なのだな」
紫嬉は、男の身の上に話を振った。少し、動揺があるように思う。
高呂順は、細身だが、ひ弱な印象はない。彼を文官らしく見せているのは、その怜悧な顔つきと、片目につけた舶来物の眼鏡である。
(しかも、この部屋まで苦もなく侵入できる。身体は鍛えているのだろう…)
紫嬉は、事ここに至って、この男と臨む行為そのものに、恐怖を感じていた。紫嬉は、あの老帝との行為しか知らない。体力のない老人ならば、少々の痛みを我慢すれば過ぎ去る行為であるが、このような若い男とのそれは、肉体的にかなりの苦痛を伴うかもしれぬ。

「私は、東国の出。科挙に合格しての採用でございます。家門の後ろ盾はございません」
高呂順は律儀に答えた。
「御子の種となる男の出自が気になりますか?」
「いや…」
紫嬉は自嘲した。
「妾とて、出自をただせば、田舎の小娘にすぎぬ」
その田舎娘が、次代の天子の母となろうとしている。考えれば、荒唐無稽な話であった。
「そなたの種には不満はない。何の後ろ盾もなく、その歳で、その官職にあるのじゃ。能力は申し分なかろう」
紫嬉は、覚悟を決めた。天子の母となるのだ。一時の痛みくらい、些細な代償だ。

 

-歴史・時代


コメントを残す

おすすめ作品

大正恋夢譚 〜彼岸花〜 <前>

東京探偵小町 第二十九話「主従の契」 <4>

東京探偵小町 第三十五話「君の枕辺」 <1>

東京探偵小町 第三十一話「夢で逢う」 <2>

東京探偵小町 第三十九話「星ひかる」 <1>