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ハートフル

モモヨ文具店 開店中<最終回> ~モモヨ文具店とかふぇ みょうが~

   

 

おまけ小咄 直くんと綾乃さんの、それからの毎日

 
 直くんが二階の住居で目が覚めるのは朝六時。
 夜型だったのが一気に健康体になって最初は辛くて辛くてたまらなかったが、次第に慣れてきた。今では目覚ましが鳴る前には起きられる。
 キッチンの炊飯器からはお米の炊けるいい匂いがしている。前日のベーコンとほうれん草の味噌汁があるから温め直して、コーヒー牛乳を飲む。これで朝食になる。人間、ご飯を食べると元気になる。
 ごはんはちゃんと食べなさいというモモヨさんの教えは確実に守られていて、超偏食の綾乃さんに伝えたところ『炊飯器がありません!』と悲愴な顔で言われたので即買って送りつけた。ちゃんと炊いているかどうかはわからない。
 午前中は工房にこもって万年筆の削り出し。オーダーメイドで一点物だから、お客さんのもとに足を運んだり、お客さんに来てもらったりしてその都度、修正していく。期せずして父親と同じ職人の道を選んだが、職人とは全部に責任を負うことだと改めてわかった。父親の家具もそうやって生き延びているのだろう。
 今やっているのは九州から噂を聞きつけてやってきてくれた人の万年筆だった。
「僕が高校に上がるときに祖父が万年筆をくれたんです。それで、今度は祖父に万年筆を送りたくて」
 なんでもお祖父さんは書き物が好きらしい。卒寿のお祝いにということだったので、引き受けた。お孫さんとは緊密に連絡を取って、最後の仕上げは、直くんが九州まで飛ぶことになっている。握り方も、筆圧も、書き方もみな癖が違う。だから最後までやらせてください、その場で仕上げますと頭を下げた。お孫さんもぜひにという運びになって、この仕事が始まって半年。そろそろ仕上げに入りたいころだった。
 メールでお孫さんに連絡を取り、九州行きの日程を決めていく。
 淡々と、こつこつと。
 それが直くんの午前中。
 

 一方の綾乃さんの朝は、昼を過ぎた頃から始まる。
 ゾンビのようにベッドから這い出て、栄養ゼリーを流し込むと朝飯は終わり。直くんが送った炊飯器は開封されもせず、〝なにかあったとき用〟に取っておかれている。
 よろめきながら、部屋の隅に向かい、積み上がった洋服から〝まだ臭くなくて着ていける物〟を選んで、適当に着る。彼女は洗濯という概念を忘れている。
 朝よりは通行量が減ったかな、くらいの街中を歩いて工房に向かう。工房にはすでにユージさんが出勤していて、事務仕事の一切を取り仕切っている。おはようという声にもほとんど反応しないで、作業用スモックに着替えて作業に入る。最近、ユージさんの提案で、新たに人を雇い入れて、経理と〝綾乃さん〟担当を任せることになった哲多 麗さんが間仕切りの近くに薬缶を置く。中はスポーツドリンク。綾乃さんは近頃、作業外でも、なにも食べない。新規の仕事が増えてきてきゅうきゅうになっているのだ。インプットも増え、アウトプットも増える。そのため、哲多さんが綾乃さんの家に出入りする許可をもらい、洗濯から食事まで作っている。最初は、すみませんと言っていた綾乃さんだったが、近頃、それもなくなってきた。
 よっぽど切羽詰まってるんですねえと綾乃さんの窮状を初めて見る哲多さんは呟く。
 綾乃さんの朝はこうして過ぎていく。
 

 

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