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ミステリー・サスペンス・ハードボイルド

怪盗プラチナ仮面 21

   2017年12月5日  

 
「ところでヴァダイッチ。お前にとって陛下とはどちらだ。皇帝か、それとも国王か」
「比べるのはあまりに畏れ多いかと。何方いずかた様も頭上に仰ぎ見る陛下でございますので」
「そうか。私は皇帝陛下の臣だ。私がハンガリー人だから国王に忠誠を誓うのは当たり前だと言っているのではない。私にとって仰ぎ見るお方は皇帝フランツ・ヨーゼフ陛下しかおらぬ」

 「フランツ・ヨーゼフ」と、ことさらドイツ語の発音を強調する少佐の表情は真剣だった。

 さだめし21世紀から見れば、一人の人間がオーストリア皇帝とハンガリー国王を兼ね、両国に共通する軍隊があるということが極めて奇異に感じられるだろう。しかし吾輩に言わせれば、そういう感じ方がまさに21世紀の特徴なのだ。100年かけて、そういう白壁で囲まれたように殺風景な世界が遮二無二作り上げられてきた。なぜそんな世界が必要だったのか? それは読者各位が身の周りを眺めながら、じっくり考えてみられたらよかろう。

 21世紀現在のように、単一性が「国家」の大前提として疑われもしないのは、技術が人間に勝利したことの一つの証左なのかもしれない。すなわち、統治の技術が一つの到達点に達したという意味で。だが単一性とは、所詮は国民統合のための幻想でしかないのだ。

 オスマン帝国に支配された15世紀以来、この中欧という地域では、寛容と共存について長い試行錯誤が重ねられてきた。特にハンガリー人はそれ以前から、同君連合という国の在り方に慣れている。中央アジアから欧州の奥深くにまで食い込んできたマジャール族が、キリスト教を受容し、欧州の中へみずからを溶け込ませる努力を怠らなかったのは生存戦略であると同時に、期せずして生じた美意識の発露だったのではないかと吾輩は思っている。

 中でもトローネル少佐のように貴族階級に属する人間ならば、階級的にはともかく、民族的違和感が縁遠いものだったのは間違いなかろう。

「お前はハンガリー語はできんが、ドイツ語は達者だ。皇帝陛下に忠誠を捧げぬどんな理由がある?」

 吾輩が黙っている間に、少佐は空になったコーヒーカップを置いて立ち上がった。

「いい天気になったな。城に着く頃には日が落ちるのは残念だが」

 昼食の後片付けをして、我々は馬に乗った。少佐の言葉通り、天候は西の空に切れ切れな雲を残す程度に回復していた。

 ドナウ川の大湾曲部に差し掛かった頃、日は雲を黄金色に染めて山の端に没しつつあった。やがて山頂に聳え立つヴィシェフラドの古城が、薄明りをわずかに残す宵闇を背に影絵となって浮かび上がった。下弦の月はまだ昇っていなかった。

「予定より早く着きそうだな」

 少佐の声がやけに遠く聞こえた。

 薄明の中に浮かぶ城山の光景。それは間違いなく、以前にも見たことがあるものだった。そしてその印象は、背筋を氷で貫かれるような冷たい認識を伴っていた。

 既視感デジャヴとは、過度の疲労等によって引き起こされる記憶の転倒だとする説が盛んに唱えられているが、それは確かだろうか? 実際の出来事として目の前に現れるずっと以前に、実はそれを見ていたのではなかったのか? 意識下に沈んでいたヴィジョンの記憶が、現実化の瞬間に呼び起こされるのではないのだろうか?

 我々幻視者にとって、ヴィジョンの記憶は常に鮮明である。個々の映像が網膜ではなく脳裏のどこかに訪れたことを、我々は確信をもって記憶している。エドゥアルト・ヴァダイッチが肉体を失って数十年間、これらの映像が次から次へと現実化するのをなす術もなく眺めながら、吾輩は深い嘆きと悔恨を味わわねばならなかった。

 現実化することは分かっていた。人々が地獄の到来を避けようとして努力を惜しまなかったことも知っているが、この途方もない大波の前では無力だった。

 つまり、その夕闇の中に浮かんだ古城の影は、一つの冷厳な真実を吾輩に証明したのだ。

 21歳の今日まで自分が見てきた数々の幻視は、遅かれ早かれ現実になる、ということを。
 
 

≪続く≫

 

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