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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[1] ポロネーズ

   2017年12月11日  

 夜も更けた一九時頃、コンビニで五十度数のテレホンカードを買うと、公衆電話から奏子さんのポケベルにメッセージを入れた。
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 ダイヤルボタンを押してメッセージを入力する。
『イマカラデンワシマス』
 無理やり渡されたPHSなど持ち歩いてるはずがないと思ったから、先に連絡を入れておいた。
 団地が立て並ぶ住宅街に昼間は老婦が営む雑貨店があり、そこはもう店仕舞いの時間。その店頭には公衆電話が一台備えてある。
 誰に見られると気まずいわけでもないが、人けがない場所を選んだ。
『あなたのおかけになった電話番号は、電話のかかりにくい所におられるか、電源が入ってないため、かかりません。』
 PHSに電話すると、受話器から音声アナウンスが聞こえた。がっかりしたのと、思うようにいかない苛立ちが入り交じる。
 諦めずに再度電話を掛けると、今度は呼び出し音が聞こえる。『プルルルルル』と三コール繰り返して、「もしもし」と言う、奏子さんの声が聞こえた。
「あ、奏子さん。僕です、彰です。電話、出てくれないかと思った。」
 おもわず大きくなってしまった僕の声が、夜の一本道に響いている。
「さっきから電話鳴りっぱなしで、出たら女の人だったから、人違いですと伝えて切りました。」
 きっと麻衣子からだ。ポケベルの返信もしていなかったし、今日一日、音信不通にしていたから電話を掛けたんだ。……勢いにまかせて渡したPHSは、厄介なことになったなと思ったが、今は奏子さんが電話に出てくれた喜びの方が増している。
「彼女?まずかったんじゃない。でも勝手に渡してきたのは、あなたなんで。」
「いや、違います!彼女とか、そういうのじゃないんで。大丈夫です、気にしないでください。」
 僕は咄嗟に嘘をついていた。奏子さんのことが好きだとか、彼女にしたいだとか、自分の気持ちがどうなのか分からない。ただ、麻衣子のことは知られたくないと、反射神経のようなものが働いた。
「とにかく、明日の朝、この電話返しますので。じゃあ。」
「待って!あ、その、ピアノ。」
「ピアノ?」
 奏子さんが切ろうとする電話を食い止めなければと、必死になって会話を繋げた。
「そう、ピアノ聴かせてほしいから。」
「あなたの家、ピアノある?」
「いや、ピアノは無いですけど。……」
「ピアノって、一般家庭に普通にあるもの?」
 音楽専門の高校に通っているくらいだから、ピアノも家にあるものだと思う先入観であったが、考えてみれば、工業高校に通う者の家が必ずしも工場ではないし、商業高校に通う者が商売人の跡取りだとはかぎらない。
「そうですね。あんな大きな物、さすがに無いですよね。……」
「ありますけど。」
「え、あるの?なんだよ。……」
 意地悪だと思ったが、そんな言葉を聞けるのを距離を縮めたことに思えば、奏子さんなりの愛嬌に思える。
「じゃあ、聴かせて下さいよ。」
「あなたは、こんな夜に隣の家でピアノを弾いていたら、どう思う?」
「そうか、それは近所迷惑か。……」
「そんなの、防音室にきまってるでしょ。」
「何なんだよ!というより、防音室にきまってないし。それこそ一般家庭に無いし。金持ちかよ。」
 クスクスと笑う声が聞こえた。僕を揶揄って笑っているのは癪に障るが、奏子さんの笑い声を初めて聞いた。
 僕の頬が自然に緩んだ。笑っている奏子さんの顔を思い浮かべた。
 今までの僕が、好みだと言っていた女性の顔ではない。奏子さんを好みではないと言っていたが、そもそも麻衣子も自分の好みではなく、他人の基準で選んだ女だ。
 奏子さんの声は、キャッキャキャッキャと笑う女の子の甲高い声と比べれば、少し低い声なのかもしれない。
 楽しいことがあれば、甲高い声で笑うことがあるのだろうか。……そんなことを考えていたら、人が表す感情はピアノの鍵盤に似ていると思った。
 受話器の向こうから穏やかなメロディーが流れ始めた。どこかで聴いたことのある曲だ……いつだったかを思い出せば、中学の卒業式、……卒業証書を受け取る時に流れていた。
 数年前のことを思い出していた。奏子さんのピアノに合わせて、思い出が回想する。途中、心を取り乱したようなメロディーが流れると、少し苦いことも思い出したが、メロディーが落ち着きを戻すと、再び和やかな気持ちになれた。
 やはり、この人が弾くピアノは凄い。人の気持ちにすんなりと入ってしまう。
 受話器の向こう側、奏子さんはどんな表情でピアノを弾いているのだろう。それが見えないのは残念だが、きっと穏やかに笑みを浮かべて弾いているのが想像できる。
 ピアノの音が止まると、「満足した?」と、訊ねる奏子さんの声が聞こえた。
「はい、いい曲ですね。なんだか優しくて、どこか切なくて。……中学の卒業式を思い出しました。」
「そう、これもショパンの曲。」
「へぇ、そうなんだ。すばらしい作曲家だったんですね。」
「そう、ショパンの《別れの曲》。」
「へぇ、《別れの曲》かぁ……って、酷い!何でそんなの聴かせるんですか!」
 また奏子さんの笑い声が聞こえた。さっきよりも少し高い声で笑っている気がする。気が付けばテレホンカードの度数が少なくなっている。
 PHSは公衆電話から掛けると、家に電話するよりも料金がかさむ。僕は友達にこんな事をさせていたのだろうか。……自分の身勝手な性格を痛感させられた。
「奏子さん、すみません。電話切れちゃいそうなので、明日また。あ、それ返さなくていいですからね、また掛けるんで。」
 そう言うと、『それじゃあ』や『おやすみ』など、何かしら電話を切るための合図のような言葉はなく、奏子さんの方から無言で電話を切られた。
 至って変わらず愛想の良い会話に思えなかったが、今の奏子さんからは愛嬌を感じられた。
 僕は何故、彼女に惹かれているのか分からない。だが、この電話で彼女への想いは一層に増していた。

 

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