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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[1] ポロネーズ

   2017年12月11日  

 崇と目が合うと、いつもとは様子の違う僕を訝しげに眉を寄せて見ていた。
「口答えなんかして、やる気が無いなら学校へ来るな!」
 停学明けに教室で煙草を吸った友達のことを、再び思い出した。
 シチュエーションとしては、彼と一緒の状態だ。僕はさっきまで、そのことを嘲笑う気持ちだった。しかし、今の流れであれば僕はあいつと同じ行動に出るのだろう。
 悪いのが自分であっても、謝る気にはなれなかった。たとえ遅刻したとしても、今日の気分で来ただけでも、賢いと思えくらいの気持ちであった。
「文句があるなら言ってみろ!」
「言ったら聞くような人ですか?先生。」
「なんだ、お前!そんなんじゃ、ろくな人間にならないぞ!」
 ろくな人間で結構だ。どうせ、ろくな人生が待ってないのだから。開き直っていた僕は、続けざまに有田へ言い返した。
「じゃあ、学校に来ていれば、立派な人間になるのかよ!」
 僕に強い口調で言い返されたことには、有田も少し驚いている様子だ。
「そんなのは自分次第だろ!立派な人間の前に、普通の人間になれと言っているんだ!」
「普通?」
 頭の中で、あの時の奏子さんの顔を思い浮かべた。そして、彼女が懐いた疑問を分かち合った気分になった。
 なにが普通なんだ……普通になれば、何かいいことでも待っているのか。ここで皆と同じように過ごしても、僕のように個性も取り柄も無い人間は、社会に出て爪弾きにされるだけだろう。ずっとそうだった。……だから周りの目を気にして、周りが良しとしているものを自分に取り入れてきた。
 だが、奏子さんと出会って、僕の中の普通は変わっていた。それは人それぞれ普通の意味が違うことだ。
 だから目の前にいるこの教師に、一番過敏になっている言葉を押し付けられるのは、腹が立って仕方がなかった。
「あんたみたいに生徒を虚仮扱いにして、それが教師の仕事だって言って金貰ってるのが普通なら、そんなもんはいらないね。あんたの言う通り、やる気がないから帰るよ、じゃあ。」
 教室の扉を勢いよく開けて出ていくと、有田の罵声が廊下に響いていた。僕はその言葉に立ち止まることはなく、足早にしてその場を立ち去った。

 二度とこの場所へ来ることはないと考えていた。革靴に履き替えると、下駄箱に置き土産のようにして上履きを置いていった。
 弛めたネクタイを解いて当てつけにゴミ箱へ投げ捨てると、不思議と解放された気分になった。
『目には目を』の意味をこじつけて、絶望には絶望を重ねれば、開き直って爽快になる気がしていた。
 校門の向こう側に出れば、これまでとは別世界に足を踏み入れる気がしている。
 校門は閉まっていた。僕は脱獄者のようにそれをよじ登ろうとしていると、後ろから「おい!」と呼び掛けられた声に驚いて、中途半端な体制で振り返った。
「どうした?どこ行くんだ?」
 呼び掛ける声は崇だった。この門を乗り越えようとしている僕を止めると言うよりは、ズボンのポケットに手を突っ込んで、ニヤニヤと笑いながら立っている。
「どうしたんだよ、なんだか面白いことしやがって。」
 崇も校門をよじ登ると、身軽な動きで乗り越え、僕を見て笑った。
「カラオケでも行くかぁ。……」
 今、僕と崇が取っている行動は同じことだが、彼の喋り方で聞いていると、僕の気持ちとは重みや価値観が違うものに聞こえる。
「よせよ、お前まで付いて来ることないだろ。後で後悔するぞ。」
 真面目に言ったつもりの言葉だが、崇は笑いながら、「大袈裟だなぁ、一日くらいふけたって、何にもなりゃしねぇよ。」と、楽観的な物言いで話している。
「鞄はどうしたんだよ?」
「そんなもん、明日持って帰りゃいいんだよ。」
 崇の言うことは軽はずみにも聞こえたが、僕の心の中を見透かしているようにも思えた。『こいつ、このまま一人にしていたら二度と学校へ来ないな。……』と。
 そんなふうに考えれば崇の言葉が、今日と変わらぬ明日があると言っているようで、気を紛らわせることができた。

 

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