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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[1] ポロネーズ

   2017年12月11日  

 けれど僕の気持ちは、はっきりとした。奏子さんが好きだ。どこが好きかと言われれば、モヤモヤとしていることは変わらないが、言うならば、自分に芯があるところだ。それは、自分に欠けているものへの憧れでもある。そして、そういう人間は人の心を引き付ける力を持っている。それが奏子さんの弾くピアノだ。
「お母さんが美人じゃないとすれば、彩乃さんと崇は父親似だな。」
「お前、それ、どういうつもりで言ってる?」
 僕の冗談に笑った後、崇は自分の好きなラブソングを、あれやこれやと選曲して歌っていた。小さな頃から、音楽と隣り合わせで生活をしてきた男だから、音痴というわけではないが、聞き惚れるような歌声でもなかった。
 しかし、この歌を自分の為に歌ってくれているのだと思えば、彼の細やかな性格には人の優しさを感じとれた。
 同時に奏子さんのことを考えていた。あの人は、誰の為にピアノを弾いているのだろう。……あの時は皮肉に聞こえた《別れの曲》も、僕の為に弾いていたのだろうか。それとも、他の誰かのことを考えながら弾いていたのだろうか。…… 

 カラオケボックスから出ると、バーガーショップへ行こうと誘われたが、断って崇と別れた。
 僕はカラオケで一曲も歌わずに、物思いにふけるだけであったから、崇に気を使わせているだけだと思った。
 でも一番の理由は、他人の意見を聞いて気持ちを靡かせるのではなく、自分自身のことを、自分で決断したいと考えていたからだ。
 今の自分、これからの自分、奏子さんに対する自分。
 その考えが、たとえ自分の考えと同じであっても、崇の口から聞いてしまえば、それが人に合わせていることに思えたからだ。

 西の空には日が沈みかけて、もう夕焼けが始まっている。
 人けがない公園を見つけると、隅にあるベンチに腰を掛け、煙草を一本吹かした。モヤモヤと煙が宙を舞い、それが消えると新しい煙が浮かび上がる。その繰り返しを見ているのが、自分の心を描写しているように見えた。
 一服終えると、こんな物を持っていて補導でもされた時に見つかっては厄介だから、残りの煙草はゴミ箱へ投げ捨てた。
 すぐに自宅へ帰る気もしなかった。急に学校を飛び出してきたから、もしかすると担任から自宅に電話が掛かってきているかもしれない。
 そんな時に祖母にその理由を説明しても、理解されることはない。
 それに彼女と別れた、好きになった人と上手くいかなそうだ。なんてことを話すのは、顔から火が出る思いだ。
 
 沈みかけた西日の空が、雲を霞めて朱色に染まっている。夕焼け空を久しぶりにまじまじと見た。
 この時間の空が一番美しくて、神秘的に思える。しかし一日を朝昼夕晩と分けた時に、夕方というのは時が短く、ぼやぼやと毎日を過ごしていると、この空を見逃してしまうことが多い。それが僕には、美しい物への儚さに思えた。
 一晩くらいはどこかでやり過ごそうと考えていた。夏の夜に比べれば、肌寒さを感じるが、凍えてしまうほどでもない。ごたごたに付き合わせた崇には申し訳ないが、明日から学校へ行く気持ちも今はない。
 花壇の柵の向こう側に、電話ボックスを見付けた。そうだ、奏子さんには謝らなくては。……
 ベンチから立ち上がり歩くと、電話ボックスの中へ入り、受話器を上げた。昨日使っていたテレホンカードを入れると、残度数が『5』と表示されている。
奏子さんのポケベルにメッセージを送った。
『ケサハホントウニ』『ゴメンナサイ』
 謝罪と言うには、あまりにも一方的だった。奏子さんは、麻衣子が言ったことを、『キニシテナイヨ』なんて言う性格にも思えない。
 向こうからすれば、僕が一方的に付きまとって、見ず知らずの人間から文句を言われたのだから、巻き添えを食らったとでも思っているだろう。
 電話ボックスから出て、再びベンチに戻る用もないから、行く当てもなく歩いていると、鞄の中で物音がするのに気が付いた。
 PHSが振動していた。学校からかと思ったが、この番号を知っているはずがない。とりあえず出てみると、聞こえたのは奏子さんの声だった。
「もしもし、さっきまで彩乃の家にいたんだけど、崇君が帰ってきて、電話してほしいって言われたから。」
 たとえ崇の計らいであっても、奏子さんから電話が掛かってくるなんて、奇跡か、神の悪戯かとしか思えなかった。
「あ、そうなんですか。……いや、朝は本当にすみませんでした。麻衣子が余計なこと言って。……」
 僕の謝罪に対して審判を下すような言葉はなく、奏子さんの言うことは、「彼女、別れたんだって?それで学校も飛び出して来たんでしょ?若いね。」と、皮肉を交えた言葉だった。
「違う、麻衣子と別れたからじゃない。ずっと奏子さんのことを気にしていたんだ。」
「私のこと?」
 奏子さんに思いの丈をぶつけるチャンスだと思った。ふと気にすれば、昨日から充電していないPHSの電池残量も僅かになっている。
『時間がないぞ!さっさと好きだって言っちゃえ!』
そうやって電話機からも急かされているように思える。
「そう、僕が好きなのは麻衣子じゃない。奏子さんなんだ。あの、ピアノを弾いている奏子さんを見た時から、僕はあなたが好きなんだ。」
 電話の向こう側で、言葉に詰まる奏子さんの顔が目に浮かぶ。それはそうだ。今朝まで別の女と一緒に登校していたような奴が、日が沈み始めたと思えば、私のことが好きなんて言っている。……なんて調子のいい男だとくらい思ってるんだろう。けれど、今の僕にそんな冷静な判断をすることなどできず、とにかく気持ちを伝えたい。それだけの感情が理性より勝っている。
「そんなこと言われても、私にどうしてって言うの?」
「……僕と付き合ってほしい、彼女になって下さい。」

 

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