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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[1] ポロネーズ

   2017年12月11日  

 翌日、翌々日と、僕は田端駅で彼女を見かけたが、声を掛けなかった。相性の悪い人間と距離を縮めることは、穴のない針に糸を通そうとすることと同じに思えたからだ。
 木曜日は彼女がいつもと車両を変えて乗るのを見付けた。金曜日は姿すら見かけなかった。

 土曜日の午後、渋々であったが崇と上野駅で待ち合わせた。
『北の玄関口』と言われた駅は、中央改札を出ると高い天井に列車の停発車を知らせる案内放送、自動改札から鳴る電子音、ざわめく人々の声が響いている。
 駅から出て目の前に見えるデパートの入り口で待ち合わせると、十分ほど待たされて崇が来た。白地のシャツを着て、インディゴブルーのジーンズに、サンスエードのワラビーを履いている。これは彼なりに正装のつもりなのだろう。
 そんな僕も音楽学校の学園祭というから、ベージュ色のニットセーターに細身のパンツと、落ち着いた雰囲気の服装を意識した。
 崇はニコニコと笑いながら、ガムをクチャクチャと噛んでいる。僕はその音を隣で聞きながら目的地まで歩いた。
 
 彩乃さんが通う高校に辿り着くと、芸術的な分野に重きを置いていることが門構えから伝わった。
「あの、ピアノの演奏ってどこでやってますか?」
 崇が校門の前で立ち話をしていた三人組の女子高生に訊ねると、「あぁ、それなら、メモリアルホールで行われますよ。」と応えるのを聞いて、渋い顔をしている。
「やっべ、間に合うかな。……」
 何に慌てているのか分からないが、急ぎ足になる崇について歩くと、女子高の学園祭に来たはずの僕が連れてこられたのは、コンサートホールだった。
「おい、ちょっと……文化祭に来たんだろ?」
 崇に訊くと、「そうだよ。」と言って、何の変哲もない様子だが、僕がイメージするような学生が法被を着て、焼きそばだの、フランクフルトだの、あっちの広場でバンドの演奏をしているなどの様子はない。
 来客の服装だって、制服自慢の男子高生がズボンを腰で履いている姿や、ダボついた洋服にキャップを被っている人影などなく、学校案内のモデルになりそうな制服姿の高校生達や、結婚式か何かのパーティーかに参加するような服装の大人達ばかり。
 僕は、自分と崇の服装を見て、中途半端に綺麗に見せようとしているが余計に恥ずかしくなった。
「おい、帰ろうぜ。……こんなの聴いたことないし。」
 慌てた僕の様子を見て崇は笑いながら、「駄目だよ、姉貴に行くって言っちまったもん。」と言って歩き出すが、僕は崇の腕を掴んで引き止めた。
「ほら、それに、……金持ってないし。」
「金?」崇は不思議そうに首を傾げながら、僕を見ている。
「ほら、……こういうのって、高いんだろ?今、三千円くらいしか持ってないよ。」
 すると、崇はまた笑って、「大丈夫、タダだよ、タダ。」と言いながら歩き出した。

 受付には、多分、僕と同じ高校生なのだろう。落ち着いた様子で「ありがとうございます。」と、会釈をする女の子が二人いる。
 僕は一週間前にあった自分達の学園祭を思い出した。僕と言えば、……黒いマントを羽織り、口元に血のりを付けてお化け屋敷の受付をしていた。……そんな自分を思い出すと、顔から火が出る気持ちなった。
 崇は噛んでいたガムをティッシュに吐き出してポケットに仕舞うと、受付の女の子に向かってニコリと笑っていた。
「すみません、原田彩乃の家族です。」
 崇につられて僕も会釈をすると、女の子は「ありがとうございます。」と言いながら、プログラムの印刷された紙を僕達に手渡した。
 ロビーを歩く僕達を、周囲は冷ややかな目で見ている気がしてならない。
 エントランスからホールへ移る重い扉を開けると、僕は高い天井を見上げて驚いたが、崇は場の空気に慣れた様子であり、何かを探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。
「駄目だな、来るの遅かったから、前の方しか空いてねぇや。」
「駄目なのか?」
「ロックバンドのコンサートなら超特等席だけど、こういう時は駄目なんだよ。音がもろに聴こえちまうから。」
 そんなことを言ったら、イヤホンで音楽を聴くのはどんなことか。……と、僕にはさっぱり意味が分からなかった。
「ま、いいか。別にプロオケのコンサートでもねぇし。」
 崇が独り言をつぶやきながら最前列の席に座ると、僕も隣に腰掛けた。
椅子は決して座り心地が良いとは言えなかった。舞台には大きなピアノが一台、どっしりと構えて置いてある。
 他の来客が背筋を伸ばして座っている中、崇はハンモックに寝そべるような姿勢で、足を組んで座っている。こういう場が初めての僕にも、これはマナーがなっていないことは分かった。
 僕は周囲の素振りを真似て背筋を伸ばし、興味のないプログラムに目をやった。十二組の出演順と演奏曲が書いていて、バイオリン演奏、チェロ演奏、フルート演奏と書いている。ピアノ演奏には、彩乃さんと、あの相原奏子という女の名前が書いてあった。
「相原奏子。……」
 僕が呟くと、崇はだらしない姿勢のまま、「あぁ、奏子さん、ピアノ上手いんだぜ。よかったなぁ姉貴、奏子さんの前で。あの人の後だったら、場の空気に負けて弾けねぇよ。」と、かなり彼女のことを持ち上げて話している。
 会場の照明がゆっくりと落とされて辺りが薄暗くなると、スポットライトが舞台に向けられた。

 

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