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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[1] ポロネーズ

   2017年12月11日  

 急いては事を仕損じるのを痛感していた日曜日が過ぎて、後悔だけが残った月曜日の朝、僕はいつも通りの通学時間に電車に乗った。
 田端駅に着くと、奏子さんがホームに立っているのが見えた。目が合うと彼女は、僕を蔑むような目つきで見ている。そんな彼女の表情はそちらにして、僕は笑顔になった。
 車両の扉が開くと、奏子さんは外れクジでも引いた表情をして、列から身を外すのが見えた。
 隣にいる気だるそうにしたサラリーマンや、後ろにいる香水の匂いがきついOLらしき女性は、僕の顔を見て気味が悪いと思うだろう。
 迷路の出口を見付けたように微笑んでいたと思えば、行き止まりに差しあたったように、険しい顔をしているのだから、傍からは情緒不安定な少年に見えるはず。
 だが、今の僕はそんなことを気にもせず、去っていく奏子さんを追い駆けた。
「ちょっと、ちょっと!」
 奏子さんの背中に向かって声を掛けても、立ち止まることはなく、二車両ほど離れた距離を追い駆けると、電車に乗ろうとする奏子さんの腕を慌てて掴んだ。
「ちょっと、何するの!」
 いつもは年下の僕にも敬語を使い、それが距離を置いているようにも聞こえる奏子さんだが、いきなり腕を掴まれたことを尻でも撫でられたように大声を上げている。
 人がすし詰めにされた車両の扉が閉まると、窓越しから僕を見る人々の視線が軽蔑の眼差しに見えた。
「離して。……」
 おもわず力を入れて握ってしまった腕を離すと、奏子さんは手首をさすりながら、「痛い。……」と呟いていた。
「急にごめんなさい。でも、何で避ける必要があるんですか?」
 僕の質問に奏子さんは、溜息を吐いて応える。
「あなたこそ、何で私に付きまとうの?勝手にポケベルの番号聞いたりして。……どうせ彩乃から聞いたんでしょ。」
 返信が無かったから、何処の誰かに間違ってメッセージを送ってしまったか、彩乃さんの悪戯かと不安だったが、ちゃんと奏子さんに届いていたことだけは確認できた。
 ただ、その番号を彩乃さんに聞いたとは言えずに、「ごめんなさい。」と、謝るだけ。
「何なの、……私が年下扱いしたりしたから、腹を立てているの?だったら謝るわよ、ごめんなさい。だから、もう付きまとわないで。」
 奏子さんは勘違いをしている。腹を立てているどころか、あなたのことを知りたいと思っているのだ。だが、そんなことを率直に言うことはできず、今の状況に当てはまる言葉を探していた。
「違うんです。だから、……その、……ピアノ、……ピアノを聴かせてほしいだけなんです。」
「ピアノ?」
 奏子さんは、首を傾げて僕を見ている。その後に話した言葉は、天から台詞が下りてきたように、僕の口がペラペラと喋り出す。
「そう、そうなんです。本当にピアノが凄いと思ったんです。僕なんてピアノのこと分からないから、彩乃さんの聴いても、崇の聴いても何とも思わなかったけど、奏子さんのピアノだけ、なんか、こう、……そう、心に雷が落ちたようで、……」
 奏子さんは相変わらずの表情で、自分でも何を言っているのか分からない僕の話を聞いている。
「カミナリ?」
「そう、雷が、……あ。」
 落ちるという言葉を口に出して、奏子さんのお母さんが舞台照明の落下事故で亡くなったのを思い出した。
「普通。」とか、禁止用語が多そうだから、この言葉が奏子さんの、心にある地雷を踏んでしまったのではと不安に思いながら顔色を窺うが、特に変わった様子がないのを安心する。
「そうだ、これPHS。今日の夜これに電話しますから、出て下さい。そしてピアノを聴かせて下さい。」
 僕はポケットから取り出したPHSを無理やり奏子さんの手に握らせると、PHSを突き返される前に走り去った。

 授業中は、ずっと自分に驚いていた。僕は自分探しみたいなまねをしたことがないが、この自分は新発見だった。
 自分がこんなにも積極的な人間だと、知らなかったからだ。
 頭の中ではいくつかの言葉だけが、ぐるぐると駆け巡っている。
 爽快、満足、達成感。
 後悔、不安、羞恥心。
 頭の中で言葉が選択される度に、心がそれに合わせた感情になる。
 そして、全ての言葉には霧がかかっているように、モヤモヤとした気持ちだった。
 崇と何か話したようだが、覚えていない。今日の授業内容も、昼飯は何を食べたのかも覚えていない。ポケベルには麻衣子からのメッセージが入っているが返信せぬまま。帰りの電車の中でも、頭の中では言葉のルーレットが回っていた。

 

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