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モラトリアム・スコア 「無職」でいるために

   

「おおっ、やっていますね、諸君! さすが若いというのはいいもんですな」
「やっ、栗島殿。探しましたぞ。先ほど購買部でディスカウントされていたのですよ。この『グライン・フェスタブル4』がっ。職員のどなたかが知らずに出品したそうですが、早速ゲットさせて頂きましたぞ」
 噂をすれば影、とは良く言ったもので、楽しく喋りながら作業を進めていると、D6、つまり「博士課程六年生」の桑原と松崎が入ってきた。
 ボクシングや格闘技の映画や小説好きが高じて文学部に入ってきた桑原は、あらゆる格闘技を習得している筋肉隆々の青年。
 一方の松崎はアニメ柄のTシャツにジーパン、バンダナに分厚い眼鏡という典型的な「ステレオタイプなオタク」風の出で立ちだが、脂肪に隠れた筋肉量は桑原に勝るとも劣らない。
「二人が一緒ってのは珍しいですね、松崎君。二人とも年末のイベントだったはずじゃあ」
「いやあ、今回の後楽園(ホール)はちょっとつまらん感じだったからな、見切っといた」
「そうそう、拙者もちょいとイベント疲れしておりましてな、今回はパス、ということで」
 D6生、つまりは博士課程六回生である二人は同じ答えを返してきた。
 そして松崎は、すっと栗島の方に歩み寄ると、レンズ付きの水筒のようなものを背負っていたバッグから取り出して、いかがかな? とすすめてきた。
 栗島は、そのレンズを一秒ほど凝視してから手を伸ばしてその水筒を受け取ると、やや申し訳なさそうに首を横に振った。
「松崎君が持っておくべきものだと思う。残念ながら俺もちょっと余裕がなくってさ。来年以降のために貯めておく分もあるし」
「そうでござるよな。ううむ、やっぱり二、三本も記事を書いて売るほうが良いか」
 松崎は、やや漫画的というか、ふた昔ほど前の作品に出てくる「オタク」的な言葉遣いを崩してはいないものの、声色にはおちゃらけた色が一切なくなっていた。その表情の深刻さは、レンズ付き水筒から取り出したペットボトルをがぶ飲みしていても容易に分かるほどだったが、結論を翻すことはできなかった。栗島もまた先月から、「物入り」だったからだ。
「いくらあってもここではお金は単なる紙ですからな、ありがたみも薄れるというものでござるよ」
「まあそうだな、いざって時にしか使い道ないし。じゃなけりゃ、家族への仕送りとかな」
 ソフトを売ることで確実に手に入る、十枚からの一万円札をただの紙と言い切る松崎の言葉に、栗島も同調した。
 何故なら、この大学の「専科棟」の中にいる限り、貨幣や紙幣はまったく用をなさない。
 役に立つのは指紋や目のパターンといった個人識別情報であり、そこから割り出される「ナンソウポイント」だ。グループ校を含む南関東総合法人内で通用する概念だが、特に栗橋たちの本拠では、すべての支払いがこのポイントによってなされる。
 講義に必要不可欠なテキストやDVD、映像データなどから、文房具や食料、果ては寮の家賃や水道代に至るまで、すべて「ポイントのみ」の支払いとなっている。
 現金をいくら持っていようと決済の手段にはならないし、金のやり取りを条件としたポイントの授受は厳禁されている。
 でなくてもポイントのやり取り自体が歓迎される行為でもない。つまり、入学時に割り当てられるポイントを使うか、稼いだポイントを使うかして、乗り切らなければならないのだ。
「今回はどちらかが選ばれると思っているんだけどよ」
 と、栗島は、自分に割り当てられた紙の山の半ばほどを松崎たちに分配しつつ口を開いた。
「やあ、どうだろうな。俺みてえのはイマドキ流行らんし」
「うーむ、拙者は自信がありませんな。論文の評価は頂けましたが、博士号の方は見送りになってしまったでござるし。正直、雑誌で何を言われるよりも、ポイントの方が欲しいですな。学位にしても、割引が効くからで」
「まあ、働きたくはないよな。俺なんて未だにコレだからよ。短気な上役に当たっちまったもんで」
 と、菅井は目と額についた大きな傷を見せながらウィンクした。 工場でのバイト中に殴られたのである。
 尋常じゃなく短気な場長が、プライベートでもボロボロになっていたところに理不尽な納期の仕事が舞い込み、しかも彼の弟が万引きで停学を食らったという状況の中で、疲れ切っていた菅井が絶対に押してはならないボタンを思い切り指でねじこんでしまい、モノどころかマシンがぶっ壊れるという非常事態中の出来事である。
 正直場長側に同情すべき点は多く、菅井も個人的な恨みを抱いてはいないが、たかだか時給七百円ちょいのバイトでのワンミスで入院するまでボコられたという事件は、菅井の価値観を決定的に変化させた。
 傷を見た栗島は右の拳を押さえ、桑原は顎を押さえ、松崎は耳に空気を入れて鼓膜を確かめた。
 菅井の傷は皆のトラウマをえぐるには十分だったが、とは言え結局は軽い話の流れである。
 ベテランたちはすぐさま作業に戻り、事務長が想定するよりも倍は速くパンフとチラシの折り込みを完成させた。
「さて、飯でも行くか、菅井。……おっとと、桑原君たちはどうする?」
 いつもの癖で二人で食事にいきかけた栗島は慌てて訂正したが、桑原たちは丁重に断ってきた。
 どうやら、大学本部の仕事とは別に、初等部の作業も請け負っており、時間と設備があるうちに、できるだけ進めておきたいのだそうだ。

 

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