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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[6] きらきら星

   

彰は、過去の性体験について問いただしても素直に答えない奏子に失望する。
そんな心乱れている時に、行方不明になっていた崇から連絡がきた。

 

 公衆電話の受話器の向こう側、男の泣きわめく声が響いていた。カサカサと聞こえる物音の後ろに、奏子さんの叫び声も聞こえた。
 大概の話は聞こえなかった。けれど、知りたくもないことだけは、鼓膜に張り付くように聞こえて、今でも耳に残っている。
『体だけが目当てだったんじゃない。……君が欲しくなったんだ。……』
 公衆電話に入れた十円玉が次々と飲み込まれてゆく。その音が聞こえると、僕の中で積み上げられた奏子さんへの想いが、少しずつ崩れて落ちてゆく。
 息を吸う度に不安を吸い込んでいるようで、吐き出しても、吐き出しても、また吸い込んで、それが僕の心を膨張させて、破裂しそうな胸の痛みを覚えた。

「ねぇ、奏子さん、……訊いてもいい?奏子さんって、今まで付き合った人とかいるの?」
 あの時、奏子さんは電話を切ったつもりだったのだろう。けれど通話は切れずに、奏子さんも何かに慌てている様子だったから、気になった僕は受話器を耳にあてていた。
 ピアノのレッスン中だとは思っていたから、その先生は男なのか、女なのか、そんなことが気になっただけだ。
 男だったら、……なんて思う、ちょっとした嫉妬心だったんだ。だから、こんな話なら聞かなければよかったと後悔している。
 奏子さんの叫び声を聞くと、僕の手は勝手に受話器を置いていた。
 張りつめた糸が切れたようだ。少しの間の記憶がない。その事実を受け止めることを、僕の心が拒否していた。彼女の叫び声が、受話器から聞こえる男の話が事実であるのを表明しているのに聞こえた。
 その言葉を繰り返して思い出す。体だけが目当てだったんじゃない、……と。
 奏子さんは男性経験が無いなんて思っていたのは、僕の勝手な妄想だ。ならば本当のことを確かめようと思い、再び受話器を手に取った。

 奏子さんは、僕の質問に少し間をあけて、「無いよ。」と答えた。しかし、その言葉を聞いたところで、僕が胸を撫で下ろすことはない。……奏子さんは僕に嘘をついている。……募らせた不安が破裂すると、その全てを苛立ちに変えて僕の心を侵食していた。
「嘘だよ。……じゃあ、電話で聞こえた話は何?体だけが目当てじゃないって?」
 奏子さんは、僕の質問に答えることなく、十円玉が飲み込まれる音だけが聞こえている。
「じゃあ、質問を変えるよ。奏子さんって、セックスしたことある?」
 その質問にも答えはなく、僕は硬貨の投入口に立て続けて十円玉を入れるだけの間。そして、手に持っていた十円玉の全てを入れ終えると、奏子さんの言葉を待たずに、質問の答えを決めつけた。
「へぇ、男と付き合ったことはなくても、経験だけはあるんだ。そういうこと興味なさそうに見えて、ずいぶんとお盛んなんだね。」
 掠れた声で、「酷い。……」と言っているのが聞こえた。鼻をすすり、息を吐く音も聞こえる。
「酷い。……じゃあ言わせてもらうけど、自分は、あの女と何もしたことが無いってこと?何回も、何十回もしてるんでしょ?お盛んなのはどっちよ。自分のこと棚に上げて、人のこと汚いみたいに言わないでよ!」
 僕の心は苛立ちに乗っ取られていた。だから奏子さんが話せば、その言葉を餌にして膨れ上がるばかり。声を聞けば腹が立つだけで、聞く耳を持てなくなっている。
「麻衣子とは付き合ってたんだ。何が悪いの?あんたは付き合ったことがないんだから、セックスをしただけだろ。話をすり替えようとするなよ!」
「大体、誰とも付き合ったことないなんで話、したこともないけど。勝手に想像して、人のこと嘘つきみたいにしないでよ!馬鹿なんじゃない……男はいいけど、女は汚いみたいなこと言って。あなたなんて泥まみれじゃない!」
「もういいよ!二度と会うもんか!」
 受話器を叩き付けて電話を切ると、ジャラジャラと音を立てて十円玉が戻って来た。僕の苛立ちにもお釣りはあったようで、それが余計に腹を立たせる。
 いつもそうだ。彼女からの言葉は、僕が求めていない答えが返ってくる。今日まで、それをどうやって受け止めるかが、彼女に対する誠意だと思っていた。けれども今日はもう限界だ。
 確かに僕は、自分のことを棚に上げている。だが、その核心を突かれたことにすら腹が立つ。
 二度と会わないと言ったことが、余計に苛立ちを重ねた。
 会いたい。……会って相原奏子に、この気持ちを投げつけたい。
 いつもは彼女のペースで話すばかりだが、今日は僕の言葉を投げつけてやりたい。
 許したいけど、許せない。全てを受け止めたいけど、受け止められない。相原奏子が、僕の中でまだ生きている。だから余計に腹が立つ。
 今の僕は、頭に角が生えている。その角は相原奏子に生やされたもので、それを折れない自分に苛立っている。
 やりきれない気持ちを大声にして吐き出した。その声が電話ボックスの中で鳴り響く。囲われて逃げ場のない叫びが、僕の体に纏わりついて剥がれないものになっていた。

 

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