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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[6] きらきら星

   

 僕は慌てて玄関に靴を脱ぎ棄てると、音の聴こえる二階へ駆け上った。突き当りの部屋、……扉の向こう側では、悪びれることなくピアノを弾いている彼女の姿が思い浮かぶ。
 扉を開ければ思った通り、人の気配も気にせずにピアノを弾く奏子さんの姿があった。
 奏子さんのピアノを初めて聴いた日、観客のいなくなったホールで崇が弾いていた曲。……軽やかなリズムのきらきら星。
 あの場にはいなかった奏子さんが、何故この曲を弾いているのかは分からないが、軽やかなリズムで流れる音が、僕には歓喜の声に聴こえて憎らしい。
「止めろ。……」
 奏子さんは僕がいることに気が付いているはず。だから声を掛けると、その音を響かせて誤魔化している。
「だから止めろって!」
 ピアノを弾く指がピタリと止まった。けれど奏子さんは、座ったままで顔を見せようとしない。
 僕にはそれが丁度よかった。顔を見れば、彼女へ情が出てしまう。ただ、その後ろ姿は、いつもの毅然とした彼女でなく、撫で下ろした肩が、とても小さなものに思わせる。
「何やってんだよ!崇、死んだんだぞ!そんな時に、こんなもの弾いて、あんたには常識がないのかよ!」
 奏子さんは黙ったまま、ピアノの鍵盤を見つめているようだった。背中を丸めて、頭を下して、その姿が抜け殻のようで生気を感じられない。
 その背中を見ると、最後に見た崇の後ろ姿を思い出した。彼は、一人で悩みを抱え込み、家族にも、誰にも相談することなく解決しようとしていた。その解決策は非道徳的なことばかりだが、それ故に落ちて行く自分にも苦しんだのだろう。
 崇は最期の時まで、そんな素振りを見せなかった。自分の身に泥を塗りつけても、家族や友達を巻き込みたくないと思う彼の人情かもしれない。
 それでも悩んで、悩んだ末に助けを求めてきたのに、その上辺面を見ただけで、僕は彼をあしらった。
 だから同じ間違いをしてはいけない。奏子さんにだって、こんなことをする意味が、きっとあるはず。
「ねぇ、彰君、……崇君は、悪い事したから死んじゃったんでしょ?」
 いつもの知的に見える奏子さんの話し方ではなく、幼い子供が問い掛けるような物言いに、僕は少し戸惑った。
「あ、うん、……でも、……」
「じゃぁ、彼、地獄に落ちるよ。……小さい時に、お母さんが言ってたもん。嘘ついたり、悪い事したりすると、死んだら地獄に落ちるって。」

 

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