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ラブストーリー

オクターヴ上げて奏でる[6] きらきら星

   

 頭の中で鋏の音が聞こえた。感情の糸を切り落としたのか、……少しでも彼女の気持ちを分かろうとした自分を馬鹿だと思った。
「いい加減にしろ!」
 この人は、人と感性がずれすぎている。亡くなった人を仏様と呼ぶような日に、これほどに無慈悲な言葉があるのだろうか。
 彼女を見る目が一変した。僕の目は灰色の眼差しで、彼女の背中を睨みつけた。
「あんた、やっぱり普通じゃないよ、異常だ。考えられない。そんなこと言っているあんたこそ、死んだら地獄に落ちるよ。……帰れ、崇の前から消えろ。」
 彼女の肩が震えていた。それが怒りなのか、悔しさなのか、悲しさなのかは分からない。ただ僕は、言いたいことを言ってやったと思うだけ。
「そうだね、……彰君には嘘までついてたんだもん。私も地獄に落ちるよ、きっと。でも、崇君はちゃんと天国に行くって思わせないと、彩乃が可哀そうだよ。……残された人たちは、辛いよ。……」
 奏子さんは再び鍵盤に指を添えると、きらきら星の続きを弾き始めた。その音色はとても優しく、崇には良い子守歌になりそうな音だ。
 彼女のすることは、いつもそうだ。奇抜すぎて理解に苦しむ。彼女が今、何をしたいのかが分からない。

 窓の隙間から差し込む西日が、僕の目を眩ませて瞼を閉じると、涙の生暖かさを感じる。
 外は夕焼けが始まっていた。いつか見た空と同じ色をしている。その空に向かい奏子さんの弾くピアノの音が流れてゆくと、その音色に交えて、崇との別れを知らせるホーンの音が暁色の空に鳴り響いた。
 
 窓を開けて覗き込むと、それは不思議な風景だった。奏子さんの弾くピアノが流れる中、崇の乗せられた車を見送っている人々の様子は、この音を当たり前にしているようだった。
 彩乃さんの姿が見えると、僕と目が合い微笑んでいる。その笑顔に僕は気づかされた。……
 
 悔しかった。悔しさが込み上げると、必死でこらえていた涙が、声を上げて溢れ出した。奏子さんの持つ才能と人間力を思い知らされると、浅はかな自分が悔しかった。
 僕はまた人の上辺だけを見ていた。人の死というものは、皆が同じ感情を持つことではないのだ。故人に深い思いがある人が悲しみを懐き、生前を偲ぶもの。
 僕が崇のことを偲ぶように、奏子さんにとっては、今、労わるべき人が彩乃さんなのだ。
 この人も、お母さんを亡くした時に、酷く辛い思いをしたのだろう。……その時に懐いてた気持ちが、この音に表れている。
 きっと、お母さんが天国に行けるように、願い続けた日があったのだ。
 それを考えずに僕は、彼女に卑劣な言葉を浴びせた。それは、崇を殴ったあの日と同じことだ。
 あのホールで崇が弾いていた、きらきら星を思い出す。軽やかで、勢いのあるメロディーは、僕が初めて聴いた、きらきら星だった。それと同じ音が、今、この部屋に流れている。
 奏子さんは顔を俯かせ、小さく肩を震えさせながらピアノを弾いている。何処となく力強く聴こえる奏子さんの演奏が、僕の涙声を誤魔化してくれているように思えた。

 

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