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歴史・時代

大正恋夢譚 〜萩〜 <中>

   

「ほう……これは美しい」
「初音町の縞と申します」
「なるほど、これはニュアージュが入れ込むわけだ」

小説版『東京探偵小町』外伝
―ニュアージュ&縞―

Illustration:Dite

 

『さあさ、そんなに泣いてちゃ、せっかくのかわいいお顔が台無しですよ。一体全体、どうしたって言うんです』
 春子嬢にきつく抱きしめられたまま、お縞姐さんが慰めの気持ちを込めて呼びかける。春子嬢はなかなか泣き止まなかったが、辛抱強く待っていると、やがてせき上げせき上げ、もうお縞姐さんには会えないのだと、涙ながらに訴えてきた。
「お父さんと本家の伯父さんが、わたしに内緒で、いろんなことを勝手に決めてきちゃったの。もう三年したら、隣町の呉服屋さんにお嫁に行けって……女学校なんかでくだらない勉強をしている暇があったら、家でたくさん覚えることがあるって」
『まあ、そんな……お春ちゃん…………』
 これには、僕もお縞姐さんも驚かずにはいられなかった。聞けば春子嬢の父と伯父とが、本人にひとことの断りもなく、勝手に縁談をまとめてきたらしい。珍しい話ではなかったが、かと言って、聞いている僕たちの胸が痛まないわけではなかった。
「お父さん、院長先生にお話しをして、もう退学の日取りまで決めちゃったの。わたし、そんなの嫌って言ったけど、何回も何回も言ったけど、お母さんもお兄さんたちも、おばあちゃんも聞いてくれなかった。だあれも、わたしの味方になってくれないの」
 お縞姐さんが、すがるように僕を見る。けれど、これは僕にも、どうしてやることもできなかった。御主人さまに頼んで春子嬢の親に談判してもらったところで、向こうは聞く耳持たずだろう。田舎町はもちろんのこと、この国の首都である東京にあっても、いまだに「女に学問など」という風潮が根強いのだ。
 そもそも女学校など、娘の身の振りかたが決まるまでの「腰掛け」にすぎないと考えている親も多く、この女学院にしても、実質的には花嫁学校と大差ないのだという。御主人さまの話では、卒業を待つどころか、嫁入り先が決まるや、学年のなかばで学び舎を去る例もままあるとのことだった。
「もうだめなの、わたし、明後日にはおうちに帰らなくちゃいけないの。みんなに知られないように、新学期が始まる前に、こっそりやめなくちゃいけないんだって。それから、心配させるといけないから、時枝お姉さまやみどりお姉さまに、さよならも言っちゃいけないんだって」
 なんとも乱暴な話だが、さもありなんという気もする。寮舎の裏庭で、ひとり泣き濡れる少女をなんとか慰めてやりたかったけれど、この場で人の姿を取るわけにもいかない。僕は、黙って見守ることしかできなかった。
「わたしのおうちなんて、平塚のずっとずっと向こうだもの。せっかく仲良くなったのに、もうハナちゃんにも会えなくなっちゃう。わたし、ハナちゃんのことが大好きなのに。時枝お姉さまのおかげで、やっとまたハナちゃんに会えるようになったのに…………!」
 あとは言葉にならず、大粒の涙をぽろぽろとこぼすだけ。落ちる涙を拭きもせず、春子嬢はお縞姐さんをさらに強く抱きしめた。
『…………お春ちゃん』
 僕と同じく、お縞姐さんにも打つ手がない。まだ多分に幼さの残る春子嬢の腕のなかで、お縞姐さんは、じっと何かを考え込んでいるようだった。

 

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