幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

ラブストーリー

君がいない世界なら、僕は生きていけない・2

   

 沙良が救急搬送されたが、手遅れだった。朝方、沙良の両親がきた。呆然となっていると父親が拳を固めていた。

 それも当然だ。まさか結婚の約束、あいさつまで済ませていた二人がこんな形で絶縁になるなんて思ってもみなかった訃報だ。

 母親は涙を流してつらそうだった。俺はそれを見てられなかった。

 俺は、彼女がいないなら、もうこのさき生きていく自信はない。
 
 

 酒を大量購入してアルコール中毒死を考えた。意外にもそんなんではなかなか死ねないことがわかった。

 パソコン内にはこれまで彼女と過ごした写真がいくつも残っていた。

 あどけない少女から大人の女性に、とても綺麗になっていく姿を改めて見直して、俺は不幸になったことを思い知った。

 涙で視界が歪む。そのとき、ある一点に視点が止まった。

 絶望の渕で、片手でぶら下がっていた状態からある一つの可能性を思い出した。

 

 2034年12月25日──早朝。

 俺は自分の部屋にいた。昨夜から一睡もしていない。救急搬送された彼女に付き添いずっと白い空間にいた。

 とても静かな病院だ。彼女が救急搬送されてからは、その後は静まり返っていた。

 眠っていないせいでどこか別の世界でさ迷っているような錯覚に陥っていた。

 朝になって彼女の両親が現れるまで元の世界にはもどれないと思った。

 彼女の家族に連絡しないわけにはいかない。変わり果てた娘にすり寄って泣き叫ぶ母親、俺の胸倉を掴み、食いしばる歯は拳を固めるのに堪えている父親。二人は一睡もできずヘドロのような憎悪が心の底に溜まっているのだろう。不安や恐怖というよりも喪失感がどこまでも人間の精神を奪い去っていく。

 霊安室は沈痛な思いとひとしく冷えていた。それぞれが少し気持ちを落ち着いたところで彼女の両親は俺に問いただす。嘘偽ることのない事実をありのまま伝えた。

 父親は温かい缶コーヒーをご馳走してくれた。父親が殴りかかったとき、いっそ殴り殺してくれればいいのにと心底願った。だがそんな俺の心を見透かしてか、表情から見抜いて、こんな抜け殻のような男を殴っても痛むのは自分の拳だ。だから代わりに缶コーヒーを渡すときどこか無造作に抛るように手渡したのだ。

 夫婦そろって病院の待合スペースの長椅子に座る。

 父親側が空いていたため、わずかながら距離を置いて腰を下ろした。振り子のように熱い缶コーヒーを両手で左右に転がしていた。手癖が悪いわけではないが今はこれしかやることがなかった。こんなことをしないと気が紛れないくらい俺の脳は憔悴していた。

 そこまでひどい顔をしているんだと自覚しながら、さらに落胆している。この両親も同じ顔だろうと思った。手塩にかけて一人娘を上京させて互いの両親に挨拶までして、将来を見越しての誓約を誓った。

 俺は昨夜指輪を渡してプロポーズをした。来年は挙式をするために彼女と念入りに打ち合わせをして最高の披露宴や結婚式をするつもりだった。その思案をすべて切り裂かれた。

 手塩に育てた娘との時間を喪失した両親は、愕然と悲しみに暮れるだけだった。

 予期せぬ訃報は二人の心をえぐり破壊するのに事足りる理由だったろう。洪水のようにあふれでる母親の涙を流す姿に、俺は見てられなかった。ウェディングドレスを着る娘をもう少しで見られるはずだった。こんな不幸があってはならない。

「なぜ、こんな惨い仕打ちをうちの娘が…」

 彼女の母親がずっと新しい口癖のようにいっている。俺への当てつけのように。

 手のなかで缶コーヒーが徐々に温度が冷めていくのがわかる。まるで“沙良”の体温を思わせるほどの実感を錯覚させる。

 二人そろって絶望を吐きたいところを手を口におさえて必死で悔しさを堪えていた。

 愛している人を失ったのだから無理もない。俺も同じだが過ごした時間は誰よりも長く娘の沙良のことを熟知している二人と同列に涙を流す権限は今の俺にはない。

 二人に遠慮して飲み込むしかない。俺はあとで吐くほど酒を飲むことにしよう。もっともアルコール中毒死するつもりだ。

 ちょうど朝から搬送されてきた患者が運ばれてきて、待合スペースの静寂の空間を雷鳴のごとく反響していた。

「悪いがもう生きていく意味はない」

 ぼそっと俺はつぶやいていた。ついででた言葉だった。これで沙良の父親に殴られると思った。

 救急搬送の車輪の音が飛び込んできたせいで、沙良の両親に俺のぼやきは聞こえなかったようだ。

「そっか、誰も咎めてくれない。俺だけでも生きろということかよ」

 

-ラブストーリー
-, , , ,

君がいない世界なら、僕は生きていけない 第1話第2話第3話第4話

コメントを残す

おすすめ作品

怪盗プラチナ仮面 28

   2018/01/23

生克五霊獣-改-14

   2018/01/23

オクターヴ上げて奏でる[8] オクターヴ

   2018/01/22

アストラジルド~亡国を継ぐ者~アグランド編 第39話「踏み出す一歩」

   2018/01/22

君がいない世界なら、僕は生きていけない・4

   2018/01/19