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伝奇ロマン

怪盗プラチナ仮面 26

   

 兄妹そろって退団したいと言うと、座長は悲しそうな顔をした。

「人間、生きてりゃいろいろあるからな。短い間だったが、俺も助かったよ」

 

 

*   *   *

 シャルロッテ・ミュラーが別れを告げて半月が経ったある日。舞台にはマレーネがリスの衣装を着て出ていた。8月中旬で暑気は厳しかったが、マレーネは「この方がお客も喜ぶ」と言って着ぐるみを使い続けていた。

 舞台は妹に任せきりにして、吾輩は楽屋で翌日に備えて稽古を重ねていた。納得のいく幻像のイメージが結べず苛立っていたところに、マレーネがステージが終えて戻ってきた。

 リスの被り物を脱いで湯気が立ちそうな顔を見せたマレーネは、開口一番に「とうとう来たよ」と告げた。

「来た?」
「人相の悪い男二人。多分、去年お城に来た奴らだよ。エディにこれを渡せって」

 マレーネは着ぐるみの内側から封書を取り出した。封蝋に二つの「P」を組み合わせたスタンプが押されていた。
 手紙自体はドイツ語で書かれていた。
 
 

 元二重帝国陸軍軍曹エドゥアルト・ヴァダイッチ殿

 まず、不躾に書状を寄越した非礼を詫びておきたい。

 脱走兵である貴君を「元軍曹」と呼ぶのは、既に貴君が正式に軍を除隊し予備役に編入されているためだ。ひとえにフランツ・ヨーゼフ帝の優渥ゆうあくなる大御心によるものであり、貴君には予備役軍人としてのあらゆる権利が保障されていることを確約する。私自身はフランス人だが、その程度の情報なら完全な確度で入手することができる。

 さて貴君は昨年11月、ハンガリーのヴィシェフラド城付近において、フランス陸軍退役騎兵大尉にして国家警察非常勤嘱託であるリシャール・ドヴェルニュを殺害した。確かに彼は、公的な職務の執行中であったとは言いがたい。しかし貴君の個人的事情を鑑みるに、彼を殺害するいかなる必要性もなかったのではあるまいか? しかも二重帝国共同陸軍の制式小銃を用い、あたかも戦争行為であるかのごとく、正面から発砲している。彼が正式な宣戦を受理していなかったことは貴君に確かめるまでもあるまい。

 この行為にはいささかも弁護の余地がないと我々は考えている。ドヴェルニュ大尉には7歳の男児と4歳の女児がおり、寡婦となった夫人には国家の全面的な援助が与えられているとはいえ、母子の将来が厳しいものとなることは避けられないであろう。我々は、貴君に責任があることを通告せねばならない。

 以上を踏まえて、我々は以下の2点を明らかにしておく。

 まず、貴君が所持している古代アンデス文明由来の仮面、すなわち≪正帝≫と≪副帝≫であるが、いずれについても貴君に所有権はない。そして貴君が不当に拉致したマレーネ・リベロは速やかに我々の保護下に入る必要がある。

 よって、二つの仮面とリベロ嬢を早急に我々に引き渡すことを要求する。以上を承諾するのであれば、昨秋における貴君の非道なる所業は不問に付すことを約束する。

 3日後の午後9時、マレーネ・リベロに正副の仮面を持たせてラート・バイル通り沿いのユダヤ人墓地に赴かせるべし。サムソン・ラファエル・ハーシュ夫妻の墓石を目印として使いの者を待機させるゆえ、その者の指示に従うようリベロ嬢に申し伝えられたし。
 
 

    パリ警視庁特任捜査官 フランソワ・コロージェ
 
 

 

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