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恋愛 / ラブ・ストーリー

オクターヴ上げて奏でる[8] オクターヴ

   2018年1月22日  

奏子がイギリスへ留学することを彩乃から聞いた彰は、真相を確かめるために奏子を呼び出す。
話を聞いて別れを決意するが、コンクール当日になっても、やはり奏子のことを考えていた。

 

 一二月二十五日はイエス・キリストの誕生日で、世間はクリスマス。
 家ではチキンやケーキを食べて、恋人同士は原宿のイルミネーションでも観に行って、プレゼントを渡して。……
 けれど、今年から僕にとって一二月二十五日は、相原奏子の誕生日。デートもプレゼントも、僕と世間は理由が違う。
 しかし問題なのは、奏子さんにとって、お母さんの命日でもあること。
 彼女の母は、二年前のクリスマスに行われたコンサートの最中に事故に遭い、この世を去った。そんな日に、『誕生日おめでとう』なんて言ってよいものなのか、僕は戸惑っている。
 単純に考えれば、僕にとって大切なのは彼女自身だから、誕生日を優先して祝うべきだ。しかし、彼女は自分が生まれた日を、母親の命日ということで打ち消している。しかも前日はピアノのコンクールだから、今のところ僕の気持ちが入り込む隙間がない。
 僕にとって大切なのは奏子さんだけだ。それ以外の何もない。今の僕から、奏子さんを愛する気持ちを取り除けば、本当に何もない男だ。
 尊敬するような親もいなければ、彼女より大切な友達もいない。今、熱中していることや、将来の夢、進みたい大学などもない。これからの自分は相原奏子だけのためにある。大きな目標といえば、早く自立して彼女と結婚することだ。
 彼女の幸せを望んでいる。だが、それは僕が与えた幸せであり、彼女自身で見つけた幸せには嫉妬を覚える。
 きっと彼女は、ピアノと僕ならピアノを選ぶだろう。……家族と僕でも、家族を選ぶだろう。
 公園を真っ赤に染めていた紅葉は黄色くなって足元に散らばっていて、その上を歩く度にサクサクと音を立てる。自動販売機には温かい飲み物を赤色の札で表記した商品が増えて、その中から選んだミルクティーを彩乃さんに手渡した。
「やっぱり誕生日だからって、そっとしておいた方がいいんですかね。……」
 僕は、寒さしのぎの缶コーヒーを両手でこすりながら、彩乃さんに問い掛けた。こういう話をできるのは、この人しか思い当たらないから、放課後に相談したいことがあると言って呼び出した。
「どうかな、……コンクールの結果にもよるし。だって、優勝したら暫く会えないんだから、お祝いしときたいもんね。」
「えっ、暫く会えないって、何のことですか?」
 それを聞いて面食らっているのは僕の方なのに、彩乃さんは驚いた顔をして、「何も知らないの?」と言ってきた。
 奏子さんは、コンクールで優勝したらイギリスに留学することを、ピアノの先生と約束しているらしい。そんなことも知らずに、僕は誕生日に何をしようなんて、的外れな悩みを彩乃さんにしていた。
 素っ頓狂な自分が恥ずかしくなると、彼女に対する怒りがふつふつと込み上げてきた。何故、そんなに大事なことを話してくれないのだろうと。……
「奏子、別れないって言ってたから、てっきり遠距離で付き合うのかと思ってた。……」
「別れないって、だってイギリスでしょ?大体、いつまで行ってるんですか?」
「うーん、……分からないけど、向こうに行って、いつから大学に通うかにもよるし、……四、五年じゃない?」
 一度頭に上った血が、青ざめて足元まで流れ落ちるような話だ。奏子さんが別れないと言っていたって、そんなに長い間を待っているのは気が遠くなる。
 僕達は、まともに付き合い始めて一ヶ月と経っていない。十代の恋なんて淡いものだと笑う大人もいるが、流石にこれは同情するだろう。
「四、五年って、……生きているかも分からないよ。」
「ちょっと、そういう口のきき方、私の前では怒るわよ。」
 頭の中が混乱している。問題を整理しようとして積み上げると、だるま落としのように弾かれて、崩れ落ちて、また積み上げて、……頭の中では、その繰り返し。
 奏子さんが遠くへ行ってしまう実感はない。だから僕の感情を序列させると、辛いとか悲しいとかを押しのけて、怒りが先立っていた。

 

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