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歴史・時代

東京探偵小町 第九話「約束の子」 <2>

   

「困りましたわ。わたくし、お洋服なんて似合いませんもの」
「あら、そんなことないわ! みどりさんには、蒼馬くんが挿絵に描くような、ああいうかわいいワンピースが良く似合うと思うの」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 時枝が受け継いだ朱門の十字架は、最初から首にかけるものとして作られていたこともあり、大きさとしては小振りなほうだった。
 誕生祝いとして贈るときに銀鎖だけ細く短いものに変えてくれたのか、時枝の手に渡ったときには、すでに少女の細首にかけるのにちょうど良いように調節され、胸もとにすぐになじんだ。
 だから、なのだろうか。
 心細いというわけではないが、形見の十字架がないと、なんとなく納まりが悪いような気がする。けれど、それもみどりと共に授業を受ける頃には、級友たちのそわそわした雰囲気にも影響されて、次第に気にならなくなっていった。
 それもそのはず、今日の四年級西組では、時枝とはまた別の意味で聖園女学院の「スタア」と目されている御祇島の授業があるのだ。女学院のなかでは数少ない男性教師、しかも混血の美青年となれば、意識するなというほうが無理な話だろう。それは時枝とても、同じことだった。
「時枝さま」
「なあに、みどりさん」
「このあいだ、御祇島先生がおっしゃっていた、あのお話……本当なのでしょうか」
 ダンスの授業を心待ちにしていた四年級西組の面々は、昼休みを少々早めに切り上げて、体操場に向かっていた。そんななか、級友たちの最後列についた時枝の、さらに後ろを歩いていたみどりが、もの思わしげにため息をついた。
「あの話? ああ、先週の、あたしたちがもうちょっと上手になったら、みんなでお洋服を着て踊りましょうっていうお話ね」
「ええ」
 浮かない顔をして、みどりがうなずく。先週の授業で、御祇島が「皆さんがもう少し上達したら、洋装で踊ってみましょうか」などと言い出したのを、ずっと気に病んでいたのだ。
 ダンスの苦手なみどりにとっては、授業についていくだけでも精一杯なのに、この上、洋服を着て踊るなど考えられないのだろう。
 時枝は着物と洋服をほぼ半々で着こなし、気が向いたときには上海から持ち帰ったチーパオを着てみたりする「お洒落さん」だったが、みどりは洋服というものをほとんど着たことがない。よそゆきのワンピースはもちろん、夜会用の豪華なドレスなども持っているのだが、気恥ずかしくて一度も着たことがないのだった。
「どうしましょう、困りましたわ。わたくし、お洋服なんてきっと似合いませんもの」
「あら、そんなことないわ! みどりさんには、蒼馬くんが挿絵に描くような、ああいうかわいいワンピースが良く似合うと思うの。あたし、見てみたいわ、みどりさんがお洋服を着たところ」
 時枝は明るく笑ってみどりの手を取ると、憂鬱そうなみどりを元気付けるかのように、ワルツのステップを踏んでみせた。
「時枝さま」
 板敷きの廊下を、なかば引っ張られるようにしてついていくみどりだったが、一学期の期末試験で「甲の上」をもらった時枝の誘導が上手いこともあって、ダンスが苦手と言っている割には、正しい足さばきで踊れていた。

 

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