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歴史・時代

東京探偵小町 第九話「約束の子」 <4>

   

「永原、オレはあの日、新橋駅にいた」
「あの日って……まさか」
「探偵の永原朱門が殺された、あの事件のあった日だ」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 表向きは義理の兄弟として振る舞い、「兄」と呼ぶように言われている主君から「時枝を家まで送るように」と命じられたリヒトは、蒼馬の見舞いを終えて家路に着く時枝の、少し後ろを歩いていた。
 すでに市内のおおまかな路線図を暗記している時枝が、たまには廣小路から電車に乗るのも良いだろうと停車場に向かう。リヒトはそんな時枝のあとに、黙って付き従っていた。
(…………「約束の子」……………………)
 時枝に蒼馬の見舞いを許し、病室の扉を閉めるやくつくつと笑い出した主君の姿を思い出し、リヒトは眉をひそめた。
 主君が楽しそうに口にした「約束の子」という言葉の意味も気になるが、それよりも、時枝に新橋の事件について話してやるようにと命じられたことが、リヒトの心を重くしていた。
 あの日――時枝の父・永原朱門が新橋駅で殺人犯と対決したとき、リヒトはその様子を主君に「送る」ために、現場に赴いていた。正体すらもさだかではない主君の、「使い魔」という名の下僕として生かされているリヒトは、まれに主君の「目」の代わりをすることがあった。
 手駒となったあの男が、命じられた役目を果たすかどうか。
 それを片方だけ残ったリヒトの目を通して見届けるために、わざわざリヒトをあの場にやったのである。
 だが、正視に堪え切れなくなったリヒトは、朱門が絶息したところで持ち場を離れてしまったため、犯人のその後までは知らなかった。「永原朱門を仕留めれば楽にしてやる」と言われてあの凶行に走ったのだから、恐らくは望む報酬を得たのだろう。単純に、そう思っていたのだった。
(…………オレは、彼女の父親を見殺しにしたのか)
 なぜか心に掛かる絵描きの少年に、「探偵小町」の異名を取るこの少女は、何かと優しくしてくれる。そんな彼女の父親を見殺しにしたというだけでも胸が痛むのに、自分は、これから彼女をさらなる苦しみのただなかへ引きずり込もうとしているのだ。
 かなうことならば、こうして口を閉ざしたまま彼女を家まで送り届けたいとリヒトは思っていた。これまでにも、思い切りの悪さが足枷となって、命令を果たせなかったことが一度だけある。その罰として受けた折檻を思い出すと震えが走るほどだったが、一度受けた苦しみなら、二度目も耐えられないはずがない。
 そう思った瞬間だった。
 癒えかけた左腕の傷に、凄まじい激痛を感じて、リヒトは思わずうめき声を上げた。
「リヒトくん? どうかしたの?」
 首を振ってみせるが、聡い少女ゆえに、リヒトのただならぬ様子に気づいたのだろう。時枝は停車場にやってきた電車をやり過ごすと、どこかに腰掛ける場所はないかとあたりを見回した。
「怪我をしているんでしょう? 痛むのね?」
「いい…………もう、治まった」
 左手が動かせなくなるほどの痛みをこらえながら、リヒトは、主君が自分を監視していることを知った。考えごとをしていなければ、主君の意識が自分に向けられていることを感じ取ることができただろう。だが、これまでは何がしかの命令を受けても、達成の過程まで監視下に置かれるようなことはなかった。

 

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