幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

恋愛 / ラブ・ストーリー

LOTUS 〜Plain Lovie〜

   2009年4月2日  

「…………咲かないほうが、いいのよね」
 なんだか泣きたいような気持ちをこらえて、瑞穂は隣の部屋で眠る兄を起こさないよう、そっと部屋を出た。
 時間は、まだ朝の6時前。
 学園まで徒歩10分の場所に住んでいる沢渡兄妹は、「8時に起きても余裕で間に合う」という、素晴らしい環境下にある。よって、あと1時間はベッドのなかにいても良いのだが、今朝は両親から頼まれていた洗車をしなければならないのだった。
 本当はこの週末にやりたかったのだが、土曜も日曜もあいにくの雨で果たせなかったのである。今日は父親が往診でクルマを使う日だということもあり、瑞穂は朝のうちに洗車をしてしまおうと決めたのだった。
「お母さん、おはようございまーす」
「あら、みっちゃん、おはよう。今日は早いのね」
「月曜日だから、今日はお父さん、往診の日でしょう? 頼まれていた洗車、朝のうちにしちゃおうと思ったの」
「そう、ありがとう、助かるわ」
「ごめんね、お母さんのクルマは、今度の日曜日にね」
「ええ、それで十分よ。お母さん、シワのないきれいな1000円札を用意しておくわね」
「うん!」
 ほぼ同時に起き出した母親と、そんな会話を交わしながら玄関の扉を開け、抜けるように青い秋空を見上げる。今日は気持ちの良い秋晴れで、銀色のボンネットにはねる陽光がまぶしいくらいだった。
「わあ、いい天気!」
 バケツに、水はもう冷たいからとぬるま湯をもらってきて張る。瑞穂は父親のセダンにホースで水をかけながら、水の描く軌跡の向こうに目をやり、幼い頃のことを思い出した。
 もちろん、もうとっくに卒業しているのだが、数年前までは兄妹揃って、この狭い庭でよく遊んだものだった。水遊びをしたり、花火をしたり、捕ってきた虫を観察したり。瑞穂のままごとにも、稔は嫌な顔ひとつせず、何度でもつきあってくれた。
(夏休みに、花火くらい、すれば良かったかな…………)
 そんなことを思いながら、瑞穂は水洗い用の大きなクロスを手に取った。勉強も家の手伝いも、なんでも進んで行う瑞穂だったが、毎月のこづかい以外に駄賃をもらうには、実はこれしか手立てがないのだった。
 常識人の両親によって、「中等部1年時のこづかいは毎月3000円」と定められていたため、瑞穂にとって、洗車による臨時収入は結構大きかった。洗車の駄賃は1台につき1000円で、父親のセダンと母親の軽自動車の両方を洗えば、一気に2000円も手に入るのだ。そんなこともあって、沢渡家の子供たちはプレゼントの絡むイベントが近づくたびに、「困ったときの洗車頼み」をやるのだった。
「どうしようかな、お兄ちゃんのクリスマス・プレゼント」
 その資金はこうして懸命に稼いでいるのだが、肝心のプレゼントが決まらない。誕生日のときもさんざん悩んで、結局、欲しがっていたアーティストのCDにしたのだ。
 来月のクリスマスは何にしようと頭を悩ませるうちに、またもや兄からもらった、ハート型のリーフが思い浮かんだ。あのリーフが隠し持つ意味を、恐らく稔は知らないのだろう。知っているのは瑞穂だけ、悩んでいるのも、きっと瑞穂だけなのだ。

 

-恋愛 / ラブ・ストーリー

レビュー

この作品はいかがでしたか?
あなたの感想を送って、作家を応援しよう!

レビューを書く

おすすめ作品