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歴史・時代

東京探偵小町 第十話「闇の囁き」 <3>

   

「お嬢さん……ひょっとしたら、ちょっと里心がついてしまったのかもしれませんね」
「里心ねェ」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 時枝が帰国してから、はや四ヶ月。
 写真でしか見たことのない少女との突然の同居に、最初はかなり戸惑っていた和豪も、今ではすっかりその暮らしに慣れ、兄弟子の倫太郎と共に三兄妹のような毎日を送っていた。
 時枝は「女探偵になりたい」と公言しているだけに行動力は抜群で、活発すぎてハラハラさせられることも多いが、少女らしい繊細さもあれば、世話になっている礼にと浴衣を仕立てたりするいじらしさもある。
 素直で明るく良く笑い、書くことも喋ることも大好きで、時枝がそばにいると、それだけで胸の奥にあかりが灯るようだった。細いくせに男といい勝負の健啖家なところも、しょっちゅうからかいの対象にはしているものの、大層気に入っている和豪である。
 だからこそ、ひどく元気のない時枝を前にすると、どう扱ったらいいのか皆目わからなくなってしまう。それは倫太郎も同じなのだろう、夕食の箸を動かしながら、ぽっかりと空いた時枝の席を気にしていた。
「おい、大将のヤツ、どうしちまったってンだよ。いやに元気ねェじゃねェか。まーた学校でなンかやらかしちまったのか?」
「それが、僕にもよくわからなくて」
 午後九時半を知らせる時計の鐘が、居間とひと続きの食堂に響く。ずいと差し出された茶碗に二杯目をよそってやりながら、倫太郎は肩をすくめた。
 九段坂探偵事務所は、夕食の時間が一般的な家庭よりもずっと遅く、九時過ぎが定時だった。「ごはんはできるだけみんな揃って」という時枝の要望を容れて、和豪が道場の夜稽古から帰ってくるのを待つからである。
 時枝の学費や生活費は、建前上は亡き朱門の遺産から出ていたが、実際には聖園女学院に納める学費だけにしか使われていなかった。時枝には内緒にしてあったが、生活費は、倫太郎と和豪の稼ぎから賄われているのである。執筆活動と剣術師範、その合間を縫っての信用調査と、どれを取っても楽ではなかったが、それが倫太郎と和豪にとって、大きな張り合いになっているのはたしかだった。
 時枝も、薄々それに感づいているのだろう。
 だからこそ、「なんでも三人一緒」を提案し、家事も進んで手伝っているのだが、そんな時枝の様子が、今日は帰宅してから、どこかおかしかった。いつもなら時枝も「あともうひと口」と言って茶碗を差し出す頃合なのに、今夜の夕食の席には、時枝の姿そのものがないのだ。
「まさか、手が痛ェの我慢してンじゃねェだろうな」
「でも、お嬢さんが言うにはほんのかすり傷程度ということですし、もう出血もないようですし。なんとなくですけど、手の怪我が原因ではないような気がします」
「じゃあ、なんだッてンだよ」
「それがわかれば、僕も苦労はしませんよ」
 今日の時枝は、いつもより遅めに帰宅するや、倫太郎とのお茶も辞して早々に部屋に閉じこもっていた。和豪の帰宅に気づき、「お帰りなさい」を言うために一度は階下に下りてきたものの、体調が優れないとして、どうにか入浴だけ済ませて自室に引き上げてしまったのである。

 

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