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歴史・時代

東京探偵小町 第十話「闇の囁き」 <4>

   

「逸見先生、お願いです! 父さまの代わりに言って下さい。赦せないと思っても、赦さなくてはいけないって」
「永原くん」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 その日の午後。
 倫太郎や和豪のみならず、心配そうな視線を送ってくるみどりにさえも小さな嘘をついて、時枝はうしろめたい気持ちを抱えたまま、ひとり帝大の門をくぐった。途中で買い求めた葡萄を手に、まずは蒼馬の病室に向かうものの、ちょうど病室から出てきたトミが、時枝を見るなり手を横に振った。
「せっかくおいで下さったのに申し訳ないんですけどねえ、どうも坊ちゃん、今日は朝から具合が良くないみたいで」
「そうなんですか……かわいそう」
「今朝はだいぶん早くにお目覚めになって、お昼ちょっと前までは起きてらしたんですよ。でも、今しがた、またお休みに」
「わかりました。じゃあ、これだけでも」
 時枝は見舞いにと持ってきた、なかに葡萄の入った紙包みをトミの手に預けた。トミは見舞いの品を押し頂くと、時枝の書き置きを見つけた蒼馬が、来訪を心待ちにしていたようだったと告げた。
「あんな御気性ですからねえ、可愛げのないことばっかりで呆れておいででしょうけど……坊っちゃん、本当は小町さんが来て下さるのを、いつも楽しみに待ってらっしゃるんですよ。小町さんもお忙しいでしょうけど、また来てやって下さいな」
「もちろんです。あたし、またお見舞いに来ますね。蒼馬くんに、お大事にと伝えて下さい」
「ええ、ええ、承知しました」
 洗濯室の前でトミと別れた時枝は、附属医院の正面玄関を出ると、袂から小さな紙片を取り出した。それは過日、蒼馬の住む北辰館の前で、逸見から手渡された彼の連絡先だった。
「医学部……あの建物ね」
 紙片には、逸見の自宅ではなく、帝大の研究室の電話番号が書かれてあった。時枝は学生たちの物珍しそうな視線を浴びながら医学部の受付に向かうと、逸見への面会を申し込んだ。
「お約束はしていらっしゃいますか?」
「いいえ。お忙しいようでしたら、また日を改めます」
 時枝がそう答えると、事務員の一人が席を立ち、逸見の研究室に取り次ぎに向かった。やがて廊下に出た時枝が、平日よりも幾らか軽い風呂敷包みを手に待っていると、廊下の先から青慧中学の制服を身にまとった隻眼の少年が現れ、時枝を驚かせた。
「…………リヒトくん」
「こっちだ」
 挨拶も何もなく、時枝が自分の存在に気づいたと知るや、リヒトはくるりと背を向けてもと来た道をたどりはじめた。時枝も黙ってそのあとに続き、薄暗く長い廊下を歩く。前を行くリヒトに、時枝は何か言おうと思ったが、うまく言葉が出てこなかった。
 そうして二人は黙ったまま階段を上り、やがてリヒトが、三階の廊下の突き当たりにある扉を指差した。そこが、逸見の研究室だというのだろう。リヒトは廊下で待つつもりらしく、立ち止まった場所から動こうとしなかった。
「あのお部屋ね。わかったわ」
 だが、時枝が一人でリヒトの前をすり抜けようとすると、リヒトが小声で「永原」と呼び止めた。
「なに?」
 問い返す時枝の声は、どこか硬い。
 リヒトはひとつだけの青い瞳で時枝を見つめ、何か言いたそうにしていたが、やがて力なく首を振った。そんなリヒトの様子を目にして、時枝はようやく、かけるべき言葉を探し当てた。
「あのね、昨日はごめんなさい。あたし、リヒトくんの話はまだ信じられないんだけど……怒鳴ったりして悪かったわ」
「気にしていない」
「そう、良かった。あ、そういえばね、さっき蒼馬くんのところに寄ってきたんだけど、またお休み中だったの。リヒトくんも、もし時間があったら行ってあげて。きっと喜ぶと思うから」

 

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