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歴史・時代

東京探偵小町 第十一話「朝まだき」 <1>

   

「それで、あんたはなんと言ってやったのかね」
「警部なら、どうなさいます。時枝嬢から、内山くんの話とリヒトの話、一体どちらが本当なのかと聞かれたら」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 どこをどう歩き、いつ電車に乗ったのかもわからぬまま――気がつくと時枝は、九段坂下の停車場に立っていた。逸見のもとでそれほど長い時間を過ごしたとも思えないのだが、あたりにははや、夕闇が迫っている。
 時枝はふと顔を上げ、停車場から見える、「青い屋根に白い壁の洋館」に目をやった。時枝が亡き父から引き継いだ九段坂探偵事務所は、この九段坂下界隈でも特に目立つことで知られている。あの日、新橋の犯人が刃物を向けなかったら、父は今もここで事件を追い、悩める人々の声に耳を傾けていたことだろう。
(なんだか……疲れた…………)
 常とは比較にならないほどの疲労感を覚えるのは、昨夜、一睡もしなかったせいなのだろうか。時枝はにぎわいを見せる電車通りをとぼとぼと横切り、今朝、和豪が「くれてやる」と言った前庭の花壇の横を通った。それを、ちょうど道場に向かおうと玄関から出てきた和豪が見つけた。
「おい、大将、どうしたってンだよ! 顔、真っ青じゃねェか!」
「わごちゃん……………………」
「昨日といい今日といい、おめェ、ほんとにどっか悪ィんじゃねェのか? 倫太郎! おい、倫太郎!!」
 時枝の荷物を奪うようにして持った和豪が、玄関口から大声で倫太郎を呼ぶ。すると、事務室の自分の机で原稿用紙に向かっていた倫太郎が、すぐに顔を出した。
「どうしたんです、大声を出したりして」
「大将のやつが、ひでェ顔色なんだよ」
 玄関先でうつむきがちに立っている時枝を見て、倫太郎が熱でもあるのではないかと、時枝の額に手を伸ばす。それをすげなくよけると、時枝は無言で編み上げ靴の紐をほどいた。
「お嬢さん、体調が悪いのなら、無理をして学校やお見舞いに行かなくても……お医者を呼びましょうか」
「平気よ。ちょっと疲れただけなの」
 逸見から「道源寺警部や内山くんたちを悪く思うな」と言われ、それを理解した時枝ではあるが、やはりわだかまりは残っている。自分に嘘をついた倫太郎たちに対する不信や不満、父の凄惨な遺体写真から受けた衝撃と哀しみにさいなまれ、もはや時枝は口をきく気力も失っていた。
「しばらくお部屋で休むわ」
 冷たいくらいの声で短く告げると、時枝は倫太郎の横をすり抜け、居間へと続く扉を開けた。
 一人になりたい、一人になって、もう何も考えずに眠ってしまいたい。その欲求だけに支えられながら、和豪の手に荷物があることも忘れて二階への階段を上る。それを、倫太郎を押しのけて玄関から追ってきた和豪が呼び止めた。
「大将、おめェ、昨日からどうしたってンだよ! なンかあるなら言えってンだ!」
「だから、疲れたって言ってるじゃない! いいから、少し放っておいて!」
 心配が高じて苛立ってしまった和豪が怒鳴り声を上げ、それを聞いた時枝も怒鳴り返す。やがて時枝は振り返りもせずに二階へ駆け上がり、和豪は舌打ちをしてきびすを返した。あとに残された倫太郎は、そんな二人の姿にため息をつくしかなかった。

 リヒトに命じて時枝を停車場まで送らせたあと、逸見はリヒトに先に帰宅するように告げ、自身は警視庁に向かった。このところ、逸見が招かれるような事件は起こっていなかったが、強力犯係の警部・道源寺を訪ねるためだった。

 

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