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歴史ファンタジー

東京探偵小町 第十一話「朝まだき」 <2>

   

 和豪が夜稽古から戻る時間になっても一向に姿を現さず、部屋にあかりがついていないことから、恐らく眠っているのだろうという予測はあった。
 真夜中か、それとも夜が明けてからになるのかはわからなかったが、疲れと苛立ちを幾らかでも癒した時枝が、もしかしたら、機嫌を直して居間に下りてくるかもしれない。その考えが捨てきれず、倫太郎も和豪も、昨夜はついに自分の寝室に引き取ることができなかったのだった。
「先生と、お話をしていたんですか?」
 倫太郎は床に膝をつくと、洋灯を脇に置いて、時枝に目線の位置を合わせた。すると、少し治まっていた時枝の体がまた震え出し、倫太郎が慌てて時枝の肩に手を置いた。
「お嬢さん? お嬢さん、どうしました?」
「どうして…………?」
「えっ?」
「倫ちゃんもわごちゃんも、どうしてあたしに嘘をついたの? 父さまのこと、嘘じゃない。父さま、相討ちになんかならなかった。犯人に何度も刺されて殺されたんだわ、そうなんでしょう?!」
 突然ぶつけられた時枝の詰問に、倫太郎も和豪も言葉を失う。それと同時に、このところの時枝の変調の原因を悟り、自分たちの失策にきつく眉を寄せた。
 結果的に落命はしなかったものの、犯人が朱門を刺したあと、その場で自殺を図ったのは本当だった。倫太郎や和豪もかなりの出血を目撃し、道源寺からも、当初は「犯人は自害した」との連絡を受けていたのである。
 この二人とても朱門の死に大きすぎるほどの衝撃を受けていたのだから、犯人も朱門も助からなかったという意味で、時枝に「相討ち」と伝えてしまったのだろう。実際、新聞にもそのように書かれ、倫太郎と和豪は新聞の言葉を流用して、上海に朱門の訃報を送ったのだった。
「…………すみません」
「大将、ありゃアもともと、俺が言い出したことなんだ」
「和豪くん」
「新聞にもそう出てンだから、もう相討ちでいいじゃねェかってな。悪ィ……大将には、本当に済まねェことをした」
「謝ってほしいんじゃないわ、理由が聞きたいの。本当のことを話してほしいの。そうでないと、あたし……倫ちゃんとわごちゃんのことが、信じられなくなっちゃう」
 うつむく時枝の両頬を、こらえきれずこぼれ落ちた大粒の涙が伝っていく。もう父のことでは泣くのはよそう、この二人の前では涙など見せずにいようと思っていたのに、どうしても止まらない。時枝は流れる涙もそのままに、鉄紺の袴を握り締めたまま言葉を継いだ。
「どんなに辛いことだって、それが本当にあったことなら、あたしは倫ちゃんとわごちゃんから聞きたかった。逸見先生やリヒトくんじゃなくて、倫ちゃんとわごちゃんから聞きたかったのに!」
 そう叫ぶや、気丈を装って耐えに耐えてきた悲しみが、ついに堰を切ってあふれ出した。
「どうしてよ! どうして嘘なんかついたのよ!」
「すみません」
「どうしてぇっ…………!!」
 聞いているほうが辛くなるほどの悲痛な声を上げ、時枝はまるで幼な子のように、身も世もなく泣きじゃくった。
「父さま……父さま、父さま…………!! こんなのひどい……こんなのってない…………!!」
 今は泣くことしかできない時枝を、倫太郎が強く抱きしめる。抱きしめ、そして背をなでてやる以外に、倫太郎にできることなど何もなかった。

 

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東京探偵小町 第十一話「朝まだき」<全4話> 第1話第2話第3話第4話

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