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歴史・時代

東京探偵小町 第十一話「朝まだき」 <3>

   

「夢ですよ、お嬢さん。それは心弱りのせいで見てしまった、ただの嫌な夢です」
「うん。あたし、あんなふうになんか思ってない」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

「じゃあ……父さまを殺した犯人は、生きているの?」
 すべての話を聞き終わったあと、時枝は震える声で倫太郎に尋ねた。
「そんなに何度も…………死のうと、したのに」
 倫太郎の話を呼び水に、先ほどの悪夢がまざまざと蘇ってくる。父を殺めた犯人に刃物を突き刺したときの、本来なら知る由もない鈍い衝撃まで、思い出されるようだった。
「正確に言えば、生きてるのか、死んでいるのか、それすらも良くわからないんです。恐らく、まだ生きているのだろうとは思いますが」
 時枝の左手をそっと包んだまま、倫太郎は自身の動揺が時枝に伝わらぬよう、細心の注意を払って言葉を継いだ。
「新橋の犯人については、これから和豪くんと共に、全力で調べ直してみるつもりです。そう思って、昨日、道源寺警部に改めて話を聞きに行ったのですが……道源寺警部からは、もう忘れてほしいと言われてしまいました」
「どうして? 道源寺のおじさまだって、父さまの」
「軍に身柄を引き取られたということは、もうあの犯人の存在そのものが、国家機密になってしまったということなんです」
「国家機密って……牢屋から出て、軍人さんになっただけじゃない」
 反論する時枝に、どう説明したものかと、倫太郎が言葉に迷う。すると、時枝の右隣に座る和豪が、話の続きを引き取った。
「軍ったってな、あの野郎は兵隊になったンじゃねェんだ。研究用に引き取られて行ったんだとよ」
「研究? なんの?」
「さァな。でもま、どうせろくなモンじゃねェだろ。衛生部だか何だかが、実験に使うってンだからな」
 和豪の率直な物言いに、時枝が嫌悪感もあらわに眉をひそめる。「使う」などと、まるで人間をもの扱いしているようで怖ろしい。そして恐らく、本当にもの扱いされているのだろうと思い、時枝は視線を落としてうつむいた。
「逸見先生の言っていた『相応の罰』って、このことだったのね」
「逸見教授は、そんなふうにおっしゃたんですか」
「あたし、昨日、逸見先生に『犯人はどうなったんですか?』って聞いたの。そうしたら逸見先生が、『相応の罰を受けた』って。『死刑になったんですか?』って聞いたら、『それに相当する報いを受けた』って」
「そうだったんですか…………」
 逸見の口ぶりから、犯人は極刑に近い罰を受けて世を去ったものと思い込んでいた時枝は、それと正反対どころか、もっとひどい結末に、ただうなだれるしかなかった。
 だが、倫太郎たちが上海に嘘の知らせを寄越した理由は、なんとなく理解できるような気がした。それと同時に、倫太郎たちが抱えていた苦しみの本当のところがわかったような気がして、二人に対する不信や怒りは跡形もなく消え失せた。今はそれが、唯一の救いだった。
「道源寺警部のお話では、逸見教授は道源寺警部と一緒に、犯人の身柄を軍に引き渡すことについて、最後まで抵抗して下さったんだそうです。でも、お二人の力をもってしても、上層部の決定を覆すことはできませんでした」
「そうなの…………」

 

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