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歴史・時代

東京探偵小町 第十一話「朝まだき」 <4>

   

「うちの畑の薔薇で、たぶん一等濃い桃色だ。真っ赤じゃないが、いい色だよ。大輪で、姿が牡丹か芍薬みたいでね」
「牡丹か芍薬ねェ」

小説版『東京探偵小町
第三部 ―魔人編―

Illustration:Dite

 

 夜明けと共に出かけ、朱門の墓参を終えた三人は、「たまには張り込みましょうか」という倫太郎の提案に従い、この夏に落成披露されたばかりの、帝国ホテルの新館で朝食をすませた。そうして帰ってきた我が家の門前で、時枝は見慣れた人影を見つけた。
「みどりさん!」
 まだ「朝」と言ってもいい時間帯だというのに、事務所に誰もいないのを心配したのだろう。風呂敷包みを胸に、門の前でうつむきがちに立っていたみどりが、時枝の声に顔を上げた。
「時枝さま」
 時枝は長い黒髪を珍しくおさげに編んでいるみどりのもとに駆け寄ると、その手を取って謝った。
「みどりさん、ごめんね、ごめんなさい。あたし、きっと、みどりさんにたくさん心配をかけちゃったのね」
「いいえ、そんなこと」
 時枝の様子から、どうやら復調したようだと知り、みどりが安堵の笑みを浮かべる。時枝も明るい笑顔でそれに応えた。
「あのね、今、みんなで父さまのお墓参りに行ってきたの」
「まあ、そうでしたの。あの、わたくしのほうこそ、こんな早い時間に申し訳ありません。出かける前に、時枝さまに、ひと目お会いできたらと思って」
「そう、みどりさん、これからお出かけするのね。あたしね、実はお昼からみどりさんのところへ行こうと思っていたの。一緒に蒼馬くんのお見舞いに行けたらと思って」
 玄関先であれやこれやと話し込む少女たちに、倫太郎が「なかでどうぞ」と苦笑混じりに声をかける。すっかりいつもの調子に戻った時枝は、みどりから回ってきた藤色の日記帳を大事そうに受け取ると、応接室の肘掛け椅子に納まって、たかが二日、されど二日の積もる話をした。
「まあ、紫月さまが入院」
「トミさんは、静養を兼ねてほんの一週間くらいって言っていたけれど……昨日も一昨日もお休み中だったから、結局、蒼馬くんに会えなかったの。具合が悪いようだと、もしかしたら少し長引くのかもしれないわ」
「おかわいそう…………」
「でも、静かな病室で二日間とも良く眠っていたのなら、その分、体は回復したと思いますよ。今年はとりわけ暑い夏でしたし、静養のための入院は正解だったかもしれませんね」
 盆に紅茶を捧げてきた倫太郎が、時枝たちを安心させるかのように言う。和豪は、少女たちの会話に直接は参加せず、湯呑にいれてもらった紅茶をすすりながら、応接室とひと間続きになっている食堂でのテーブルで新聞を広げていた。
「そうね、蒼馬くんったら、毎日お仕事ばっかりなんだもの。入院して、ゆっくり休んだほうがいいのかもしれないわ。逸見先生も、そんなことをおっしゃっていたし」
「逸見教授も?」
 かたや帝大医学部の特任教授、かたや医学部附属医院の入院患者とは言え、逸見は解剖学を専門としていたはずである。ここで逸見の名前が出て来るとは思わなかった倫太郎が不思議そうに問い返すなか、和豪も怪訝そうな顔つきでチラリと時枝を見た。

 

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