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歴史・時代

大正恋夢譚 〜木春菊〜 <中>

   

「なんだ。いやに張り切っとるな」
「い、いえ、別にそんなわけでは。ただその……今度の日曜を、予定通り非番にして頂けたらと思いまして」

小説版『東京探偵小町』外伝
―柏田一平&永原時枝―

Illustration:Dite

 

「柏田さん、本当にもらってもいいの?」
 帝劇の招待券を手に、まだどこか心配そうな面持ちで尋ねてくる時枝さんに、僕は大きくうなずいてみせた。なかなか区切りがつかないのか、まだ事務室にこもっている内山くんが、きっと「ありがたく頂戴しておきましょう」とすすめてくれたのだろう。
「大の男が少女歌劇というのもなんですし……ほかにあげるあてもありませんので、時枝さんに観に行って頂ければ、券も無駄にならずに済みます」
「じゃあ、あたし、あとで柏田さんにお手紙を書くわ! あたしね、本当は一度でいいから、日本の少女歌劇っていうのを見てみたかったの」
 時枝さんは招待券と公演案内の入った茶封筒を胸に抱いて、嬉しそうに微笑んだ。
「去年の春に上海にも日本の少女歌劇団が来たんだけど、ちょうど雪ちゃんが寝込んでいた時期だったから、行きそびれちゃって……『マーガレットの咲く丘で』だなんて、ロマンチックな題名だわ。どんなお芝居だったか、きっと知らせるわね」
「はい、楽しみにしています」
 頼みとする父親を亡くし、母親とは海を隔てて暮らしていることもあって、時枝さんの日々の暮らしは慎ましいものらしい。無論、世間的には十分に豊かな部類に入るのだが、松浦嬢のようなわけにはいかないだろう。少女歌劇の券くらいでこんなに喜んでくれるのなら、何枚だって贈ってあげたかった。
「八日っていうことは……次の次の日曜日ね。明日、ビスケットをおすそ分けするついでに、みどりさんを誘ってみようっと」
 弾んだ声で言いながら、時枝さんが自分の紅茶茶碗に手を伸ばしたときだった。事務室から電話の鳴る音が聞こえ、内山くんが時枝さんを呼んだ。
「お嬢さん、松浦さんからお電話ですよ」
「みどりさんから?」
 ぱっと席を立って事務室に向かう時枝さんと入れ替わるようにして、今度は内山くんが応接室にやってきた。どこか憔悴したように見えるのは、締め切りに追われているせいなのだろう。この若き作家先生の文才は本物らしく、道源寺警部から聞いたところによると、別の出版社からもちらほら声がかかっているようだった。
「道源寺警部ばかりか、柏田さんにも、いつも良くして頂いて……ありがとうございます」
「とんでもないです。もう少し硬派な演目ならまだしも、少女歌劇では、自分が行っても仕方ありませんから」
「いえ、本当に助かります」
 内山くんはそこでいったん言葉を区切ると、眉をひそめて視線を落とした。
「実は先日、僕と和豪くんの不注意から、お嬢さんにとても哀しい思いをさせてしまって」
「ははあ、珍しく喧嘩でもしましたか」
「喧嘩とは、少し違うんですが」
 そう答える内山くんの表情が、悲しそうにも悔しそうにも見えるのが、僕にはひどく意外だった。
「ともかく、お詫びを兼ねて、近いうちにどこかへ気晴らしにでも連れて行ってあげなくてはと思っていたんです。ところが、僕も和豪くんも、にわかに立て込んでしまいまして」
「そうだったんですか」

 

-歴史・時代

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