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歴史・時代

東京探偵小町 第十二話「あそび歌」 <4>

   

「タジさんが連れて行ってくれるのなら、話は別よね! あたし、倫ちゃんによーくお願いして、期末試験の勉強もきちんとしておくから、きっと十二階に連れて行ってね」

小説版『東京探偵小町
第四部 ―鎮魂編―

Illustration:Dite

 

 東亜新報の三奇人のひとり。
 新聞社に出入りする人々からそう称されている社会部記者のサタジットは、和豪から「おめェ、本当は新聞社をクビになってンじゃねェのか?」とからかわれるほど頻繁に、九段坂探偵事務所に顔を出していた。
 朱門が事務所の主だった頃も足繁く通って来ていたが、春に時枝と出会ってからは、その回数が明らかに増加している。夏頃からは時枝の在不在に関わらずやってきて、長居をするかと思えば数分で帰ってしまったりと、かなり気ままに振る舞っているのだった。
「氷のなかにお花……それを氷中花っていうの?」
「そうです。ミズにキレイなハナをいれて、コオリにします」
 宿題の手を休め、サタジットに手作りの焼き菓子と紅茶を用意してやりながら、時枝は小首を傾げて尋ねた。
 和豪は道場の夜稽古、倫太郎は時枝の帰宅前から外出中で、たまたまひとりで留守番をしていたところにサタジットがやってきたのだが、少々手持ち無沙汰だった時枝には好都合だった。慈善市に供出するビスケットの改良版の試作を終え、教本を開いて苦手な代数と格闘していたのだが、ちょうど手詰まりになっていたのである。この先は倫太郎が帰ってくるのを待つしかないという状態が続き、時枝は時間を持て余していたのだった。
「マハラーニは、ヒョウチュウカをみたこと、ありませんか?」
「うーん、そうねえ……ないみたい」
「タジさん、シンブンシャのヒトたちと、リョウテイにいったときにみました。センプウキのかわりにといって、コオリのカタマリと、ヒョウチュウカがかざってありましたヨ」
 暦は今日から師走、サロンストーブには赤々と火が燃えている。
 時枝は、倫太郎がいつもそうしているように、いれたての紅茶に耳かき一杯分の塩と角砂糖をひとつ入れてかき混ぜた。そうしてストーブの前で縮こまっているサタジットに、「粉と卵の割合を変えてみたの」と、改良版のビスケットと共に差し出した。
「マハラーニのてづくりのオカシ、タジさん、ダイスキです」
「そう? ふふ、良かった。明日、西組のみんなと担任の先生に試食してもらおうと思って焼いたのよ」
 時枝の脳裏に、産休代理として、急遽、四年級西組の担任になった御祇島の顔が思い浮かぶ。思わず高鳴った鼓動を隠すかのように、時枝もビスケットを一枚頬張った。
「マハラーニのガッコウの、クリスマスのバザール。オトコのタジさんも、いってもよいのですか?」
「もちろんよ! 蒼馬くんはあんなことを言っていたけれど、講堂で待っているから、きっと来てね」
「では、タジさんはイチバンにいって、マハラーニのビスケットとミドリさんのカビンシキをかいましょう。たかくてもよいですヨ、タジさん、オコヅカイをためておきます」
「タジさんには、花瓶敷きより、毛糸のマフラーがいいかもしれないわ。今度の慈善市、手編みのマフラーを出す人がたくさんいるの。タジさんにぴったりの、あったかいマフラーがきっと見つかるわ」
 日本暮らしが長くなったとは言え、印度出身のサタジットには、毎冬の寒さがこたえるのだろう。ことに今日は寒いと見えて、組み合わせなどまるでお構いなしに、小山のようにもこもこと着込んでいる。時枝はこみ上げるおかしさをこらえつつ、熱い紅茶をおいしそうにすするサタジットを見つめた。
「そういえば、さっきタジさんが言っていた氷中花だけど」
「ハイ」

 

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