幻創文芸文庫 (β)

小説好きの創作小説を無料配信*スマホ対応

歴史・時代

宮廷戯曲/第5話

   2005年10月3日  

“退廃の証”

不遜な陰謀の実行者として、老帝の側室・紫嬉(25)を抱く能吏・高呂順(29)。

夕闇に染まる宮廷で、感情を窺わせない男が、仮面の奥に思うこととは…。

愛と陰謀渦巻く宮廷ラブストーリー。

 

第5話
“退廃の証”

時は夕刻。手元を照らすため、既に燈篭に火が入れられている。この時期は、配置換え直前とあって、どの役所も多忙を極める。
ふたりきりの部屋。高呂順(コウロジュン)の手渡した木管に目を通しつつ、その男は、今日の天気でも話題にする口調で、さりげなく告げた。
「そういえば、今宵は、陛下は紫嬉(シキ)さまをお召しになるようだ」
「………」
「明日の夜は準備をしておけ」
「…御意」
こちらも、特に目も合わせずに、短く答える。
「ふむ…では、この件だが…」
そのまま話題は、何事もなかったかのように、河川の治水工事の件に移った。

(くだらないことだ…)
打ち合わせを終え、夜の会議の準備のために、書庫に向かいながら、高呂順は、その心中で罵った。

あの男が、件のはかりごとの実行者として自分を選んだ理由は分かっている。
能力や容姿、肉体の鍛錬の度合いがそれではない。
もちろん、天子の種があまり愚鈍では困るし、あの寵妃が嫌悪するような容姿でも、計画に差支えがある。
後宮の奥深くまで、余人に悟られずに侵入する腕も必須だ。

が、しかし、その程度の条件を満たす者なら、あの男の手の内には、いくらでも居る。
少々の危険を顧みず、あの男が、それまで疎遠であった高呂順に目をつけた理由は他にある。

(つまり、俺の血だ)
高呂順の家系は、その昔、廃嫡され地方へ流された皇族の血を引いている。もっとも、そのことが、彼の人生において有利に作用したことなど一度もなく、生家は食べていくことすら難しいような状況にあった。
官吏の道に進むにあたっても、血筋よりも、経済力にものを言わせる豪族の家門が幅を利かせる中、特に、有利な扱いを受けたこともない。
この件を告げられたときに、なるほど、と改めて思い出した程度のことである。

皇帝の側室に種を仕込み、もって、次代の国政を牛耳る。皇位など、まるで敬服に値しないとでも言うかのような不遜な企みを立てた人物が、なお、その血筋に拘る様はあまりに愚かしい。そんなことが免罪符になるとでも考えているのだろうか。

 

-歴史・時代


コメントを残す

おすすめ作品