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歴史・時代

東京探偵小町 第十四話「主従二組」 <4>

   

「兄上」
「リヒト、この男にとどめを刺し、あの娘を氷室の外に出しておけ。あとの始末はあれにやらせる」

小説版『東京探偵小町
第四部 ―鎮魂編―

Illustration:Dite

 

 川添に続いて店を出た時枝は、先を行く川添が、先日と同じく氷室のある雑木林への道をたどっているように思えて、気遣うようにみどりの手を取った。みどりも恐怖心を募らせたのか、しっかりと時枝の手を握る。
「みどりさん」
「時枝さま」
 妹の眠る墓地へ向かう川添は、少女たちを気遣う素振りも見せず、さっさと雑木林に分け入っていく。
 どうしたものかと迷い、最初はみどりをここに残して行こうかと考えた時枝だったが、冬の陽はすでに落ち、あとは暗くなっていくばかりである。いくら川添の行動が怪しくても、こんなもの寂しい場所に、みどりひとりを置いて行くわけには行かない。しかも前を見ると、川添が角燈を掲げて、時枝たちが追い付くのを待っていた。
「本当にこっちにお墓があるのかもしれないし、お参りをするって約束しちゃったんだもの、行くしかないわ」
「ええ……でも」
「そのかわり、お参りを済ませたらすぐにお暇しましょ。とにかく、お参りだけ」
 こくりとうなずいて、みどりが時枝に体を寄せる。時枝はみどりと強く手を握り合うと、意を決して雑木林に入り、川添に早く追い付くようにと、枯れ葉の敷き積む道を歩きはじめた。
 そうやって、互いに川添だけに意識を集中していたせいだろう。時枝もみどりも、自分たちの背後から、一匹の銀猫が足音も立てずについてくることには、少しも気づいていなかった。
「とき、え……さま」
 だが、二少女の歩みは、雑木林に分け入ってほんの十メートルも行かないうちに止まった。急に足をふらつかせ、風呂敷包みを取り落としたみどりが、助けを求めるかのように時枝にすがる。それと同時に時枝も全身に強い倦怠感を覚え、瞬く間に力を失いはじめた腕を叱って、怯えるみどりを抱き寄せた。
「川添、さん……………………」
 呼びかけても川添からの応えはなく、そうしている間にも、意思に反してまぶたが下がっていく。やがて時枝がその場にくずおれ、隣にみどりも倒れ込み、共に数秒ももたずに意識を失った。
「……………………」
 川添は眠り込んでしまった少女たちのそばに寄ると、角燈を地面に置き、まずは時枝の左手を取った。そうして二の腕のあたりまで一気に袖をまくり上げると、角燈で時枝の白い腕を照らし、まるで品定めでもするかのようにじっくりと眺め、やがて満足がいったとばかりにうなずいた。
「何も、全部とは言いません。あなたがたの美しく丈夫な手足を、ひとつずつ、僕の妹に分けてやって下さい」
 身勝手な頼みに、無論、答える声はない。
 川添は昏睡した時枝から羽織をはぎ取ると、それをみどりの体の上に放り投げるようにして、時枝を横抱きに抱き上げた。
「あなたも、すぐ、迎えに来ますから」
 寒空の下に倒れたみどりをその場に残し、片方の手に器用に角燈を捧げて、通い慣れた氷室までの道を行く。あたりには川添が落ち葉を踏みしめる音だけが響き、やがて川添は氷室の扉を開けてなかに入った。
 時枝を抱きかかえたまま、凍えるほどに寒い石室のなかを進み、右の小部屋に入る。昼のうちに用意しておいたのだろうか、出番を待つ人魚像の並ぶ小部屋の片隅には、狙い定めた少女から手足を奪うための、見るもおぞましい道具の数々が置かれてあった。
「これでようやく」
 川添は時枝を氷室の冷たい床に下ろすと、鍵のかかった第二の鉄扉を開けた。やがて角燈のあかりが氷の棺に閉じ込められた振袖姿の少女を照らし出し、川添が、その氷の表面にそっと手を当てた。
「おまえに、良い手足を」
 サタジットがこの場にいたなら、「やめて」と懇願する少女の姿を目にすることができただろう。だが、川添にその言葉が届くことはなく、川添はゆっくり振り返ると、氷よりも冷たい床に横たわる時枝に目をやった。

 

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