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歴史・時代

東京探偵小町 番外編 〜絹の靴下〜 <中>

   

「逸見先生。昨夜は御迷惑をおかけしてしまって……危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「いや、君たちに大事無くて良かった。見たところ外傷はないようだが、あとは尾崎先生に診てもらいたまえ」

小説版『東京探偵小町』番外編
―永原時枝&松浦みどり―

Illustration:Dite

 

 「入院初日くらい、大人しくしていてもらいたいものだな」
 勝手に起き上がって動き回っていた時枝の姿に、白衣をまとった逸見が眉をひそめる。慌てて自分の寝台に戻る時枝を見て、同じく白衣を着た、やや小太りの、人の良さそうな医師が「まあまあ」と逸見をなだめた。
「そろそろ目覚める頃かなと思って来てみたんだけど、ちょうど良かったみたいだね。主治医というほどの治療はしなくてすみそうだけど、君たちを担当することになった尾崎です。よろしく」
 尾崎の挨拶に、時枝とみどりがぺこりと頭を下げる。やがて顔を上げた時枝が、開口一番に逸見に礼を述べた。
「あの、逸見先生。昨夜は御迷惑をおかけしてしまって……危ないところを助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「いや、君たちに大事無くて良かった。見たところ外傷はないようだが、昨夜と今朝の検温では二人とも軽い発熱があった。念のため、昼から検査を入れてある。あとは尾崎先生に診てもらいたまえ」
「はい」
「内山くんは、受付で彼女たちの入院手続きを。書類への書き入れだけでいい、今度のことはわたしが責任を持つ」
「わかりました」
「えっ、入院?」
 夕方には自宅に帰れるものだとばかり思っていた時枝は、入院と聞いて、思わず驚きの声を上げた。
「君たちは帝大の、いや、わたしの研究室の学生が起こした事件の被害者だ。しかも、恐らくは川添くんが実習室から持ち出した薬を飲まされている。何の検査もせずに一日で帰宅させて、あとで取り返しのつかないことになったらどうする。加療看護が必要かどうか、調べねばなるまい」
 逸見の言葉に、昨夜の記憶を持たない時枝とみどりが表情を固くする。それを見た尾崎が、すぐに明るい笑みを浮かべて二少女を励ました。
「そんなに心配しなくていいよ。今日の検査で何も異常がなければ、そうだな、三日後の金曜日には退院させてあげるから」
「本当ですか? 良かった」
「うん。明日には熱も下がるだろうし、念のための入院だからね。お兄さんたちは入院の手続きが終わったら、看護婦に聞いて、当座必要なものを持ってきて下さい」
「わかりました。支度をして、午後からまた来ます」
 本音を言えば、時枝もみどりも今日中に帰宅し、明日からはまたいつもと同じように登校したかったのだが、そんなわがままを口に出せるような雰囲気ではなかった。
 降誕祭関連の準備を手伝えないのは級友たちに申し訳なかったが、金曜に退院できるなら、日曜の慈善市や月曜の降誕祭弥撒には問題なく参加できるだろう。幸い、期末試験も無事に終わっていることもあり、時枝とみどりは、自分たちを見守っている逸見と尾崎に神妙にうなずいてみせた。
「では、尾崎先生」
「はい、たしかに引き受けました」
 逸見は倫太郎に軽く会釈をすると、午後の講義に備えるためか、足早に病室から去っていった。病室を支配していたかすかな緊張が解けるのと同時に、廊下で医師たちの診察が終わるのを待っていたみどりの母親とばあやが病室に駆け込んできた。
 松浦母娘の再会の邪魔にならないようにと、倫太郎が和豪とサタジットを促して退出し、静かに扉を閉める。少女たちの容態や検査の詳細については、尾崎が男爵夫人に再度説明するだろうからと、倫太郎はとりあえず入院の手続きだけを済ませて、いったん九段坂に引き上げることにした。

 

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