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歴史・時代

東京探偵小町 番外編 〜絹の靴下〜 <後>

   

「あの珊瑚色のドレス、本当に素敵だったわねえ。やっぱりみどりさんには、ああいう優しい色合いがぴったりだわ」
「そ、そうでしょうか」

小説版『東京探偵小町』番外編
―永原時枝&松浦みどり―

Illustration:Dite

 

 時枝が「どうぞ」と声をかけると、曇り硝子のはまった扉が静かに開き、思いがけない人物が病室に入ってきた。
「御祇島先生!」
「永原さん、松浦さん。具合はいかがですか?」
 この季節にどこで調達してきたのか、美しい薔薇の花束を二つ手にした御祇島が、まずは教え子たちの体調を気遣う。応えたのは、かすかに頬を上気させた時枝だった。
「もうすっかり良くなりました。お医者さまも、予定通り、明日の午後には退院できるとおっしゃっていました」
「それは何よりです」
 御祇島のすぐあとから入ってきたフキが、少女たちの代わりに花束を受け取り、「すぐに活けて参りますので、先生はどうぞお掛け下さいまし」と御祇島に椅子をすすめる。みどりのばあやとして長年松浦家に仕えてきたフキは、昨日からは時枝たちの付添婦として、こまごまとした身の回りの世話を焼いているのだった。
「事情は永原さんの後見人である、道源寺警部からうかがいました。大変な事件に巻き込まれてしまいましたが、何事もなかったことを感謝しなくてはなりませんね」
「はい、先生」
 心からそう思っているのだろう、二少女が声を揃えて答える。御祇島は二人の返事にこくりとうなずいてみせると、「もっとも」と言葉を継ぎながら黒い外套を腕に掛け、すすめられた椅子に腰を下ろした。
「今回のことは、わたしにも責任の一端があります。永原さんが川添氏のもとを訪ねるのを、わたしが後押ししてしまったようなものなのですから」
「そんな、先生のせいじゃありません。あたし、川添さんの様子がどこかおかしいことに、途中から気づいていたんです。そこで帰ることもできたのに、結局、川添さんに言われるまま雑木林までついて行ったりして……あたしの考えが足りなかったんです。そのせいで、みどりさんまでこんな目に遭わせてしまって」
「時枝さま」
「あなたが悪いのではありませんよ。妹さんを失い、その哀しみに暮れる川添氏の心に、よからぬことを吹き込んだ悪魔がいるのです。責められるべきは、その悪魔でしょう」
 カトリック女学院の教師だからそんな物言いをするのか、御祇島の言葉を少しだけ意外に思いながら、二少女は御祇島を見上げた。御祇島はつと席を立つと、愛しい少女たちの名をくちびるに乗せ、その頭を交互になでた。
「あなたがたは互いのみならず、哀しみに沈む他者の心も思いやることができる。みずからを危険にさらすようなことをしてはいけませんが、その優しい心は、いつまでも大切になさい」
「はい」
 時枝とみどりは目を見合わせ、嬉しそうに微笑み合った。
 同じようなことを倫太郎や和豪はもちろん、昨日のうちに見舞いに来てくれた道源寺や柏田からも言われたが、担任教師からの言葉には、また別の重みがある。御祇島はかすかな笑みを浮かべると、改めて二少女に向き直った。
「さて、西組の皆さんには、二人とも風邪で欠席していると伝えてあります。入院などと言ったら、西組どころか、女学院中が大騒ぎになってしまいますからね。土曜日には、登校できそうですか?」
「はい、そのつもりです」
「よろしい。土曜日は慈善市の準備で授業はありませんから、そのつもりでおいでなさい。今日までの板書の写しは、西組の皆さんが争うようにして作っているようですから、あとでありがたくもらっておくのですよ」
「助かります。西組の皆さんに、あとでお礼をしたいと思います」
「お礼などより、あなたがたの元気な顔を、一日も早く見せてあげなさい。ときに……永原さん」
「はい、先生」
 御祇島は時枝を見つめ、やがて苦笑のようなものを浮かべると、西組の生徒たちが囁き合っている事柄の真偽を確かめた。
「終業式前の二十七日、本来ならば午前授業のみで放課なのですが、この日の午後に、前に皆さんにお話ししたダンスの特別授業をしようと思っています」
「あの、それは以前に先生がおっしゃいました、お洋服を着て……というものですか?」

 

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